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抜出(ぬけいで)しと覚(おぼ)しく影(かげ)だも見えざれば大いに駭(おどろ)き。大将(たいせう)へ斯(かく)と訴(うつたへ)ければ。継縄(つぐなは)大いに怒(いか)り。疾(とく)に
も誅戮(ちうりく)すへかりし奴(やつ)を。手延(てのび)にして逃失(にげうせ)させしぞ安(やす)からね。此上(このうへ)は渠(きやつ)が老母(らうぼ)を搦捕(からめとつ)て
来(きた)れよとて武士(ぶし)数人(すにん)遣(つかは)されけるに。早(はや)老母(らうぼ)も逃退(にげのき)て行方(ゆきがた)知(しれ)ざるゆへ。手(て)を空(むなし)うして馳(はせ)
かへり其由(そのよし)言上(ごんぜう)しける。継縄(つぐなは)倍(ます〳〵)怒(いか)り。安達(あだち)八郎を生捕(いけどる)か又は討取(うちとつ)て首(くび)をさし出(いだ)す者(もの)
には重(おも)く賞金(ほうび)を与(あた)ふべしと高札(かうさつ)に記(しる)して所々(ところ〴〵)に立 厳(きびし)く其(その)所在(ありか)を穿鑿(ぎんみ)せられ
けり。却説(さてまた)安達(あだち)八郎は。獄屋(ごくや)を破(やぶり)抜出(ぬけいで)て。其夜(そのよ)老母(らうぼ)を將(つれ)て立退(たちのき)母(はゝ)を知音(ちいん)の者(もの)に
預(あづ)けおき己(おのれ)は伊治呰麻呂(いちのしまろ)が柵(さく)へいたり対面(たいめん)を乞(こひ)て曰(いはく)。某(それがし)は安達八郎と呼(よば)るゝ者(もの)にて
候が子細(しさい)有(あつ)て京方の大将(たいせう)継縄(つぐなは)が招(まね)きに応(おふ)じ。新(あらた)に其 麾(はた)下に属(ぞく)し候ところ。此頃(このごろ)武(ぶぐ)
庫(ぐら)の太刀 甲冑(かつちう)等(とう)紛失(ふんじつ)せしを讒者(ざんしや)の口にかけられ。継縄(つぐなは)不明(ふめい)にて理不尽(りふじん)に某(それがし)が盗(ぬすみ)取し
に定(さだ)め。御覧(ごらん)の如(ごと)く面上(めんぜう)に疵(きず)を負(おは)すまで打擲(てうちやく)し。已(すで)に獄(ごく)に下し斬罪(ざんざい)せんとせしを
忍術(にんじゆつ)を以(もつ)て牢(ろう)を抜出(ぬけいで)。継縄(つぐなは)を討(うつ)て無念(むねん)を晴(はら)さんと思(おも)ひ候へども障(さはり)有(あつ)て本意(ほんい)を