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子(こ)に新田部皇子(にいたべのわうじ)と申あり。其(その)御 子(こ)を塩焼皇子(しほやきのわうじ)と申せしが。去(さん)ぬる天平宝字(てんへいほうじ)八
年 恵美押勝(ゑみのおしかつ)謀叛(むほん)して。塩焼皇子(しほやきのわうじ)を取立(とりたて)て新帝(しんてい)と▢(かしづ)【注】き。後楯(うしろだて)となして軍(ぐん)
勢(ぜい)を駆(かり)催(もよほ)しけれども。遂(つひ)に合戦(かせん)に打負(うちまけ)押勝(おしかつ)討(うた)れけるゆへ。塩焼皇子(しほやきのわうじ)も連(まき)
累(ぞへ)の罪(つみ)にて誅(ちう)せられ給へり。其砌(そのみぎ)り塩焼皇子(しほやきわうじ)の簾中(れちちう)【ママ】は称徳帝(せうとくてい)の御 妹(いもと)にて不(ふ)
破内親王(はのないしんわう)と申。其(その)御 腹(はら)に出生(しゆつせう)せしは即(すなは)ち川継(かはつぐ)なり。其節(そのせつ)はいまだ幼稚(ようち)といひ母(はゝ)は
天皇(てんわう)の御 妹(いもと)なれば。母子(ぼし)とも罪科(ざいくわ)の御 沙汰(さた)もなく。都(みやこ)を退去(たいきよ)して在(あり)けるに川継(かはつぐ)
漸(よふや)く成長(せいてう)し。其母(そのはゝ)と心を合(あは)し内々(ない〳〵)謀叛(むほん)を企(くはだて)神社(しんじや)仏閣(ぶつかく)へ暗(ひそか)に称徳帝(せうとくてい)を咒(しゆ)
咀(そ)する願文(ぐわんもん)を収(おさ)め。朝家(てうか)を乱(みだ)さんとせしに。其(その)隠謀(いんばう)露顕(あらはれ)母公(ぼこう)は押籠(おしこめ)られ
川継(かはつぐ)は土佐国(とさのくに)へ流(なが)されけり。然(しかる)に川継(かはつぐ)身(み)の非義(ひぎ)を改(あらため)んともせず。本意(ほんい)を達(たつ)せ
ざるを無念(むねん)に思(おも)ひ。あはれよき時節(じせつ)もがなと待(まち)けるに。光仁天皇(くわうにんてんわう)年号(ねんがう)改元(かいげん)に就(つい)
て天下(てんか)に大赦(だいしや)を行(おこな)ひ給ひし時(とき)。川継(かはつぐ)も流罪(るざい)恩免(おんめん)あつて都(みやこ)へ召還(めしかへ)されければ。川(かは)
【注 「𦣧」或は「冊」と思われる。『日本国語大辞典』による。】