Gallicaの日本資料を翻刻!

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衛士(ゑじ)二人を殺害(せつがい)し其余(そのよ)の者(もの)にも手(て)を負(おは)しければとて首(くび)をぞ刎(はね)られける。噫(あゝ)愚(おろか)なる【注】 かな川継母子(かはつぐぼし)。聖王(せいわう)の御仁恩(ごじんおん)をも顧(かへりみ)ず。再度(さいど)及(およ)ばざる企(くはだて)をなし。数月(すげつ)心を竭(つく) せし隠謀(いんばう)一時(いちじ)に露顕(ろけん)し再(ふたゝ)び配所(はいしよ)の一卒(いつそつ)となり遂(つひ)に死亡(しぼう)して汚名(おめい)を万(ばん) 代(だい)に遺(のこ)せしは。偏(ひとへ)に天命(てんめい)に逆(そむ)き明君(めいくん)を謀(はかり)奉らんとせし冥罸(みやうばつ)とぞ知(しら)れける     宇佐八幡宮(うさはちまんぐう)託宣(たくせん)并(ならびに)神伝(しんでん)  蝦蟇(かわづ)合戦(がせんの)怪異(けい)之条 延暦(えんりやく)三年 夏(なつ)五月 豊前国(ぶぜんのくに)宇佐宮(うさのみや)の社司(しやし)皇都(みやこ)へ上(のぼ)り。参内(さんだい)して奏聞(そうもん)しける には。先頃(さいつころ)八幡宮(はちまんくう)の御 神託(しんたく)に我(われ)一切衆生(いつさいしゆぜう)の苦(くるしみ)を抜(ぬき)楽(たのしみ)を与(あたへ)んと欲(ほつ)す。今より 我名(わがな)を八幡大自在王菩薩(はちまんだいじざいわうぼさつ)と称(となへ)べし宣(のたま)ひ候。依(よつ)て願(ねがは)くは御託宣(ごたくせん)の趣(おもむ)きを 勅許(ちよくきよ)なし給(たま)はり候やう仰(あふ)ぎ願(ねが)ひ奉り候とて。奏状(そうぜう)を捧(さげ)けるにぞ。帝(みかど)叡聞(ゑいぶん)なし 玉ひ。公卿(こうけい)百官(ひやくくわん)を召(めさ)れて御 評議(ひやうぎ)の上 則(すなは)ち勅免(ちよくめん)なし給ひけり。是(これ)に因(よつ)て社司(しやし)は 帝恩(ていおん)を拝謝(はいしや)し奉り豊前(ぶぜん)へ下(くだ)りける。是(これ)より八幡武太神(はちまんぶだいじん)を改(あらた)め八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ) 【注 国立国会図書館デジタルコレクション『扶桑皇統記図会』より補填。】