← 前のページ
ページ 92 / 521
次のページ →
翻刻
種継(たねつぐ)が申 妨(さまたぐ)るところなりとて御 悪(にく)しみ益(ます〳〵)強(つよ)く如何(いかに)もして種継(たねつぐ)を追(おひ)退(しりぞけ)んと人を以(もつ)
て種々(さま〴〵)讒(ざん)をかまへ悪(あし)さまに奏聞(そうもん)させられけれども。帝(みかど)更(さら)に信用(しんよう)し玉はず。剰(あまつさ)へ是(これ)より
朝政(てうせい)を太子(たいし)に任(まか)せ玉はず。種継(たねつぐ)と商議(しやうぎ)し給ひて。万機(ばんき)の政事(まつりごと)を定(さだ)め給ふにぞ。親(しん)
王(わう)の御 勢(いきほ)ひ追々(おひ〳〵)薄(うす)らぎ。種継(たねつぐ)が権勢(けんせい)は日々(ひゞ)に増長(ぞうとう)【ママ】しける。親王(しんわう)いよ〳〵無念(むねん)に思(おぼし)
召(めし)旦夕(あけくれ)憤怒(ふんど)のおもひに心(むね)を焦(こが)し給ひけるに。延暦(えんりやく)四年八月 桓武天皇(くわんむてんわう)奈良(なら)の旧都(きうと)
へ御幸(みゆき)なし給ふ事 有(あり)ければ。早良親王(さうらしんわう)是(これ)ぞ究竟(くつけう)の時節(じせつ)よとて。兼(かね)て同意(どうい)の
公卿(くげう)大伴継人(おほとものつぐんど)大伴竹良(おほとものたけよし)二人を密(ひそか)に招(まね)き。此時(このとき)を過(すご)さず種継(たねつぐ)を討(うつ)て捨(すて)よと命(めい)じ
給ふ。両人(りようにん)仰(あふせ)【「おほせ」とあるところ。】を承(うけたま)はりて。弓矢(ゆみや)を携(たづさ)へ種継(たねつぐ)の邸舎(やしき)へ暗(ひそか)に潜入(しのびいり)ける。其頃(そのころ)は遷都(みやこうつ[り])の砌(みぎり)
にて公卿(くげう)の家造(やづくり)も皆(みな)いまだ間疎(まばら)なりければ。両人(りようにん)裏(うら)の塀(へい)を乗踰(のりこえ)て易々(やす〳〵)と忍(しの)び入
陰(ひそか)に種継(たねつぐ)が居間(ゐま)へ忍(しの)び行(ゆき)窺(うかゞ)ひ見れば。種継(たねつぐ)はかやうに刺客(しかく)の忍(しの)び入べしとは努(ゆめ)にも
しらず。灯(ともしび)の下(もと)に書(しよ)を開(ひら)きて熟見(よみいつ)て居(ゐ)けるゆへ。仕(し)すましたりと継人(つぐんど)竹良(たけよし)とも弓(ゆみ)