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を修(しゆ)せしめ給へども敢(あへ)てその功(かう)なく弥(いよ〳〵)雨(あめ)降(ふら)ず田畑(てんばた)ともに乾(かは)き割(われ)生民(せいみん)渇魚(かつぎよ)の轍(わだち)の水(みづ)
に息(いき)つくがごとし。帝(みかど)深(ふか)く歎(なげ)かせ給ひ。群臣(ぐんしん)を召(めさ)れて勅詔(ちよくぜう)なし給ふやう。昔(むかし)殷(いん)の湯王(とうわう)
の代(よ)に七年が間(あいだ)年毎(としごと)に旱(ひでり)して五 穀(こく)登(みの)る事なく。天下(てんか)飢饉(きゝん)に困(くるし)み餓死(がし)する者 多(おほ)
かりければ。湯王(とうわう)是(これ)を歎(なげ)き。自(みづか)ら桑林(そうはん)【「は」は「り」の誤記ヵ】の野外(やぐわい)にいたり。薪(たきゞ)を積(つん)で其中(そのなか)に車(くるま)を立(たて)六ッの
罪(つみ)をかぞへ。身(み)にとりて天意(てんい)に逆(そむ)くところあらば。朕身(わがみ)を牲(にえ)にとり雨(あめ)を降(ふら)して辜(つみ)な
き民(たみ)を救(すく)ひ給へと祈(いの)り。積(つみ)たる薪(たきゞ)に火(ひ)をかけさせられければ。天(てん)其(その)誠心(せい[し]ん)を感(かん)じ給ひ。火(ひ)
いまだ薪(たきゞ)に燃(もえ)うつらざる以前(いぜん)に忽(たちま)ち大雨(たいう)降(ふつ)て旱魃(かんはつ)の患(うれひ)を救(すく)ひしとぞ。我朝(わがてう)の古(いにしへ)も
文武天皇(もんむてんわう)彼(かの)湯王(とうわう)にならひ。自身(みづから)雨(あめ)を祈(いのり)て万民(ばんみん)を救(すく)ひ給へり。今(いま)天下(てんか)旱(ひでり)して生霊(せいれい)悩(なや)
み困(くるし)む事。早良太子(さうらたいし)の怨霊(おんれう)のなす所(ところ)なりと風説(とりさた)すれども。恐(おそ)らくは朕(ちん)が不徳(ふとく)を天(てん)
より責(せめ)給ふところなるべし。依(よつ)て朕(ちん)も文武帝(もんむてい)の先蹤(せんしやう)を追(おひ)て雨(あめ)を祈(いのら)ら【衍】んと思(おも)へり。卿(けい)
等(ら)其儲(そのまうけ)をなせよと詔命(みことのり)ありければ。諸臣下(しよしんか)君(きみ)の御 仁徳(じんとく)を感(かん)じ奉り領掌(れうぜう)して