翻刻
つゝしみてほこらず・妻子(つまこ)をひき具して・かくるゝ事十四年・
しきりにめして黄帽官(こうほうくわん)となし・また耳目官(じもくくはん)に転ぜり・尚《割書:一行目|二行目》
徳王/不義(ふぎ)なりしかば・しば〳〵これをいさむれともさらにきかさり
しかば・浦添の内間にさけかくる・王薨しければあげて位を
つかしめんとすれども・王には世子いませりとて・かたく辞(ぢ)して
いでず・よつて国人世子を弑(しい)して・尚円をむかへ・推して
王位につかしむ・《割書:文明二年|成化六年》なり・《割書:文明八年|成化十二年》薨・在位七年・寿六十二・
世子尚真(しやうしん)・年十二なりしかば・王の弟尚宣威(しやうせんゐ)位を摂す・
尚宣威(しやうせんゐ)王 尚円王の弟なり・世子いまだ弱冠(じやくかん)なりしかば・位を
摂せり・立(たち)て翌年(よくねん)尚真王に位をゆづりて・越来(こへぐ)間切に
しりぞきてかくる・此年薨・《割書:文明九年|成化十三年》寿四十七・国人/義忠(きちう)王
とおくり名す・その子孫いまに越来(こゑぐ)の領主(りやうしゆ)たり・
尚眞王 尚円の子・《割書:寛正六年|成化元年》生・《割書:文明九年|成化十三年》位につく・年十三・
《割書:大永六年|嘉靖五年》薨・在位五十年・寿六十二・
尚清王 尚真王の子・《割書:明応六年|弘治十年》生・《割書:大永七年|嘉靖六年》位につく・年三十一・《割書:弘治|嘉靖》
《割書:元年|丗四年》薨・在位二十九年・寿五十九・
尚元王 尚清王の次子・《割書:享禄元年|嘉靖七年》生・《割書:弘治二年|嘉【?】靖卅五年》位につく・年廿九・《割書:元亀|隆慶》
《割書:三年|六年》薨・在位十七年・寿四十五・
尚水王 尚元王の次子・《割書:天文廿一年|嘉靖卅一年》生・《割書:天正元年|万暦元年》位につく・年廿一・《割書:天正十六年|万暦十六年》
薨・在位十六年・寿三十五・世子なし・