翻刻
【十一頁右】
【枠外上に三と有】
寺院(じいん)は臨濟真言(りんさいしんごん)の二宗(にしう)のみにして・三十七寺なりしが・久米村
普門寺(ふもんじ)・西福寺(さいふくじ)・廢(はい)して・今は三十五寺となれり・王廟(わうひやう)は真和志(まわし)
安里(やすさと)村にあり・前堂(ぜんどう)に匾(がく)あり
【匾の下の文字】
肅容【横書き】
【十一頁左】
【枠外上に四と有】
首里(すり)三大寺と称するは・圓覺(ゑんがく)寺天王寺 天界(てんかい)寺なり・
円覚寺中に・辨才天(べんさいてん)の社(やしろ)あり・もつとも荘厳(そうごん)をきはむ・
天女堂と号(こう)し・天女槗・観蓮槗(くわんれんばし)・なんとありて勝景(しやうけい)いふ
ばかりなし・こゝに円覚 八景(はつけい)ありて・幽景(ゆうけい)の地なりと・すべて
此国八景と称する地おほし・中山八景の図は・周煌(しうくわう)が國志(こくし)
略(りやく)にみゆれば是を・畧(りやく)す・こゝに明洪武(みんのこうぶ)十一年 官板(くわんはん)の般若心經(はんにやしんきやう)・
金剛(こんごう)經・楞伽(りゆうがん)經・の注解(ちうかい)ありて・各(おの〳〵)御製(ぎよせい)の序(じよ)をくわふ・臨済十
八世・季潭禅師(きたんぜんし)の注するところなり・一經づゝを三大寺に配(わかち)
て什物(ぢうもつ)とす・はなはだ美槧(びざん)也と云・これは洪武廿五年かの地へ・
學(からまなび)に行し人々のもちかへりしもの也となん・