翻刻
【二十二頁右】
【枠外上に十八と有】
君子樹(くんしじゆ)といふ樹(き)ふたつあり・一は福木(ふくぼく)と云 ・葉(は)は冬青(もち)に似て
おほひなり・實(み)は橘(たちはな)のことくにして・あちはひいたつて美(び)なり・
一はガラボといふ・葉は福木におなじ・花は白梅の如し・この
實をしほりて油につくる・極上品也と云・二樹ともに・冬
にいたれとも葉おちず・ゆへに常盤木(ときはぎ)と称す・
【枠外上に十九と有】
いつの頃にや周防國(すはうのくに)に古郡(ふるこほり)八郎と云人ありけるが・主従(しう〴〵)
十八人にて大隅(おほすみ)国へわたらんとて・ふなよそほひしていて立
しが・ころは八月のころになんありけるに・豊後(ぶんご)の海を
わたるとき・天気 須臾(しゆ)に変更(へんこう)して・一天墨(いつてんすみ)をそゝぐか如く・
楫(かち)帆柱(ほはしら)もこと〴〵く打こぼち・つかの間すぐるいく千里・なみの
【二十二頁左】
ひゝきのみおそろしく・船中の人々は・風にまたゝくともし火の
きゆるとはかりのこゝちして・いまや大魚の腹中(ふくちう)にほゝむら
るゝかと・たゞ金毘羅(こんひら)をいつしんにいのるより・外のことぞなかり
ける・その夜もはやあけちかくなるまゝに・風もすこしはおだ
やかになり行しが・ふしぎやふねのかたはら一丁はかりはなれて・
山の如き魚のうきいでしか・暴風(ぼうふう)なぎわたるにしたがひ・かき
けす斗りにうせたりしかは・こは金毘羅の守護(しゆご)し給ふ
ならんと・いよゝたうとみおそれけり・《割書:按ずるに此魚はまさに|■(せい)【魚扁に聖】といふものなるべきか》
《割書:ヲキナといひておほひなるものはながさ六七里あるひは二三里の|ものもありといふこの魚うかみいつるときはせんちうのものこと〴〵く》
《割書:けつさいしてこれをまつるときはなんふうしづまりてうれいなし|つゝしみあしきときはふねをやぶるすべてほつかいにおほし小平次が》