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【二十四頁右】
いふことをしらず・𨌎(みき)はまとひてふたかゝへもあるべく・そのさき
又地にいりて根をなす・あひ對(たい)して門(もん)のかたちににたり・
何の樹なることをしらず・《割書:按するに南方草木収にいはゆる榕(やう)なるべし|かたちすこぶる相似たり此樹南方のものに》
《割書:して閩廣(ひんかう)のあいだにおほし福州の城を榕城といふ剣州はそのとなりなれ|どもさふき故に生ぜずことはざにいふ榕不_レ過_レ剣とこれ也天竺にてはニキリツド》
《割書:と云薩州にてはガツマルといふ詩は桺宗元が栁州の作にはじめてみゆその後|宗元明清にいたるまで詩賦あけてかそへがたく榕江―菴―巣―村等【?】と号》
《割書:する人おほしくはしきことは|廣東新語もつともつくせり》とかふするうちに・漁者(きよしや)男女数十人
つどひきたりて・何とも辨(べん)じかたき果(くだもの)をあたふ・よつてその地の
名をとへども・さらにつうぜず・しばらくありて・年老(としおい)たる人いで
きたりて・いつちの人にて候哉と・日本のことばにてたづぬる
ありければ・とるものもとりあえず・さればこそ我々は・
【二十四頁左】
日本のものなるが・なんふうにあひて・いたくなんぎ候ぞ・そも〳〵
此地はいかなる国にて・そのかたはいうにして我国のことばをしり候ぞ
といんぎんにこたへければ・さればこそ此所は・ヨナクニ といふ島にて・
我は琉球國王より命(めい)をうけて・薬品をもとめにまいりおる
ツバノコヲヤカタと申もの也とて・宿所(しゆくしよ)へあんないして・さも深切(しんせつ)
にぞとりあつかひ・さて此所より送り参らせたく候へども・ふねは
あの如くそんじてのりがたし・ひとまづ琉球へ御渡り候【?】はゝ・国王へも
とゞけ候て・御送りまいらすべしとて・その島の船に打のせ・琉球
へ着船(ちやくせん)し・ことのおもむきをつばらにとゞけ・王へもまみへさせければ・
日本周防人古郡八郎と・名札をしるして出しければ・官人ども・