翻刻
【二頁右】
按司_一 ̄と・云々又云舜天王・姓源(せいはけん)・■_二【號(こうす)の異体字】尊敦_一 ̄と父 ̄は鎮西八郎為
朝公・母 ̄は大里按司 ̄の妹・云々
(舜馬順熙(しゆんばしゆんき)王)舜天王の子・《割書:文治元年|淳煕十二年》生・《割書:歷仁元年|嘉煕二年》位を
つく・年五十四・《割書:宝治二年|淳祐八年》薨・在位十一年・寿六十四・
(義本(ぎほん)王)舜馬順熙の子・《割書:建永元年|開禧二年》生・《割書:建長元年|淳祐九年》位をつく・年
四十四・国中(こくちう)飢饉(ききん)うちつゞき疫疾(ゑきしつ)おほし・こゝにおいて
王 群臣(ぐんしん)をめして曰(のたまはく)・飢疫(きゑき)ふたつなからおこなはれて・人民(しんみん)
死(し)するもの半(なかば)にすぐ・これ我(われ)不徳王位(ふとくわうい)をふむにたへず・汝等(なんじら)
賢人(けんじん)をあけて・二災(ふたつのわさはい)をまぬかれしめよと・群臣すなはち
天孫氏(てんそんし)の後裔(こうゑい)・惠祖(けいそ)嫡孫(ちやくそん)・英祖(えいそ)といふ人をすゝむ・王 大(おほい)に
【二頁左】
よろこび・試(こころみ)に国政(こくせい)をとらしむること七年・賢(けん)をすゝめ・不肖(ふしやう)
をしりぞけ・国中(こくちう)こと〳〵くやすんして・二災ともにやみぬ・王
位(くらい)をゆづりて・北山(ほくざん)にしりそきかくる・在位十一年・寿五十
四・《割書:以上三代七十三年》
(英祖(えいそ)王)天孫氏の裔・惠祖の嫡孫・《割書:寛喜元年|紹窆二年》生長して伊祖(いその)
按司となる・《割書:建長五年|寧祐元年》より摂政し・《割書:文應元年|景窆元年》義本王■
ゆつりをうく・年三十二・《割書:正安元年|大德三年》薨・在位四十年・寿七十一・
(大成(だいせい)王)英祖王の子・《割書:宝治元年|淳祐七年》生・《割書:正安二年|大德四年》位につく・年五十四・
《割書:延慶元年|至大元年》薨・在位九年・寿六十二
(英慈(えいじ)王)大成王の次子・《割書:文永五年|咸淳四年》生・《割書:延慶二年|至大二年》位につく・年四十