翻刻
詳(つまひらか)ならず
武寧(ぶねい)王 察度王 ̄の子・《割書:延文元年|至正十六年》生・《割書:応永三年|洪武二十九年》位につく・年四十一・
此王父とはこころざし大小たがへり・酒色田猟(しゅしょくでんりやう)を事として
昼夜放逸(ちうやほういつ)にふけりければ・按司みなそむく・《割書:応永十二年|永楽三年》薨【みまかる】
在位十年・寿五十・此と紀山南王の属下(ぞくか)に・佐敷(さしきの)按司・思紹(しせう)
の子・尚巴志(しやうはし)といふ人・父の職(しよく)をつぎてありしが・山南王/無道(ぶどう)
なりしかば・兵(へい)を発(はつ)してこれを攻(せめ)滅(ほろぼ)し・ならびに山北王を
ほろぼし・つゞひて中山をせめほろぼし・父をすすめて・
王位につかしめ・国中を一統(いつとう)していにしへにかへす・《割書:以上二代》
《割書:五十六年》
思紹(ししやう)王 はじめは山南王の佐敷按司たり・子尚巴志・山
南王の暴虐(ぼうぎやく)をにくみて・これをほろぼし・次第に山北中山
をたいらげ・父(ちち)をして王位につかしむ・《割書:応永十三年|永楽四年》なり・《割書:応永二十八年|永楽十九年》
薨・在位十六年・寿詳ならず・
尚巴志(しやうはし)王 思紹王の子・《割書:応安五年|洪武五年》生・《割書:応永九年|洪武三十五年》年三十一にして
佐敷按司をつぐ・後父をすゝめて王位につかしめ・《割書:応永二十九年|永楽二十年》
位につく・年五十一・《割書:永享十一年|正統四年》薨・在位十八年・寿六十八・
尚忠(しやうちう)王 尚巴志王 ̄の次子・《割書:明徳二年|洪武二十四年》生・《割書:永享十二年|正統五年》位につく・年五十・
《割書:文安元年|正統九年》薨・在位五年・寿五十四
尚思達(しやうしだつ)王 尚忠王の子・《割書:応永十五年|永楽六年》生・《割書:文安二年|正統十年》位につく・年三