翻刻
【欄外】 手引草 上 五
【右丁】
六十をめでたくこゑて七十に
いたるを古来(こらい)稀(まれ)なりとて
古稀(こぎ)の寿(じゆ)といふ四十の
初老(はつおい)より養生(やうじやう)すれば古稀にも
いたり八十八の米(べい)寿にも
いたり紅(べに)の寿(じゆ)の字(じ)のまん
ぢゆうを配(くば)るまで猶(なほ)百歳(もゝとせ)も長命(ちやうめい)
たらんこと九十歳の京山(きやうざん)がうけ合なり
○養生によりて天寿を延(のぶ)ることを近く
比喩(たとへ)ていはゞ植木(うゑき)屋から
【左丁】
歳暮(せいぼ)にもらひたる梅の鉢(はち)
植(うゑ)を床(とこ)の間におきて新年(しんねん)の
ながめとなし植木の中なひも心得たる人なれば水をも程(ほど)よく養(やしな)ひ
又は暖(あたゝか)なる日 向(むき)に出して養ふゆゑ梅(うめ)春(はる)の精気(せいき)を得て莟(つぼみ)のこ
らずひらき若葉(わかば)萌(きざす)ころ庭(には)に移(うつ)して猶(なほ)中なふゆゑに枝葉(えだは)
栄(さか)えて来(く)る春も花(はな)ひらき終(つひ)には軒(のき)すぐるまで生(おひ)のびて鶯(うぐひす)の
宿(やど)ともなるなり是(これ)梅(うめ)の天 性(せい)を養生(やうじやう)するゆゑなり養生せざ
れば莟も凋(しぼ)みてひらかず若葉も見えざれば塵塚(ちりつか)へ棄(すて)て
鉢(はち)のみ椽(えん)の下に残(のこ)るなり梅さへかくのごとしまして況(いはんや)天
精(せい)を禀(うけ)るの長(ちやう)たる人においてをや養生して 天 寿(じゆ)を延(のぶ)べし
【欄外】 手引草 上