翻刻
【欄外】 手引草 上 九
【右丁】
人の四十は初(はつ)秋の七月也初 秋(あき)より
天の陽気(ようき)衰(おとろへ)て菊(きく)も籬(まがき)に凋(しぼ)み
木の葉(は)もこがらしにさそはれて春
見し桜も枯木(かれき)とみゆ人も廿歳(はたち)の
顔(かほ)はいつかうせて初 霜(しも)を頭(かしら)におき
雪(ゆき)の夜に知る年のほどそろ〳〵寒(さむさ)も身に
しみて精神(せいしん)むかしの春にかへらず此時(このとき)にいた
りて養生(やうじやう)せざれば天 寿(じゆ)を補(おぎなひ)て長命(ちやうめい)は保(たも)ち
がたし○諸(もろ〳〵)の営(いとなみ)をなすは四體(からだぢう)に神気(しんき)
の霊液(れいえき)がめぐる故(ゆへ)に目口もはたらき力も出る也
【左丁】
さて夜(よ)に入て打臥(うちふす)は四ッ時を限(かぎ)りと
すること世間(せけん)大概(たいがい)の風(ならひ)なり
千年の昔(むかし)もかくありしとみへ
て万葉集(まんえうしふ)の歌(うた)に亥(ゐ)の刻(こく)を寝(ね)よとの
鐘(かね)とよめり亥の刻は夜の四ッ也
人 寝(ね)れば神気(しんき)頭脳(づのう)に溜(ひそま)り鎭(しづま)りて昼(ひる)の挙動(はたらき)につかひ減(へら)したる神
液(えき)が又 涌(わき)出(いだ)して元(もと)のごとく頭脳中に帰(かえ)るは夜(よ)の寅刻(とらのこく)《割書:七ッ|時》なりこの
ゆゑに人は子(ね)に臥(ふ)し寅に起(おき)よといふ子は九ッ時(どき)也おきて居(ゐ)るとも
九ッを過(すぐ)すなといふをしえなり是(これ)人も天の一 夜(や)に順(したが)ふゆゑなり
○さて万用(ばんよう)をなす○目○鼻(はな)○口○(みゝ)耳の経絡(みちすぢ)をいふべし