翻刻
【右丁】
せざれば一日も命(いのち)は保(たも)ち難(がた)し命は元気(げんき)也 飲食(いんしよく)は元気の養(やしなひ)也 飯(めし)と
未醤汁(みそしる)をたべてさへをれば元気(げんき)をやなふにたる物(もの)なれど飲食(いんしよく)は
ひとの六 慾(よく)にて好色(こうしよく)よりも甚(はなはだ)しゆゑに美味(びみ)を恣(ほしいまゝ)になし脾胃(ひゐ)を
やぶりて寿命(じゆみやう)をちゞむ脾胃(ひゐ)は食(しよく)を消化(こな)し人を生(いか)しておく五 臓(ざう)
中の第一(だいゝち)なれば是(これ)を腹中(ふくちゆう)の将軍(しやうぐん)なりと医書(いしよ)にいへり脾胃(ひゐ)
をやぶるは飲食(いんしよく)にあり用心(ようじん)すべし養生(やうじやう)の第(だい)一なり
○むかしの食事(しよくじ)は一日に二 度(ど)なりしこと北条(ほうでう)五代 記(き)にみえたり然(しか)れば
三 度(ど)になりしは三百年いらいのことなるべし今も律宗(りつしう)の僧(そう)の二 食(しき)なるは
むかしの余風(よふう)にや○開巻(はじめ)にしるしたる養生(やうじやう)十一少のうちにも飲食(いんしよく)
を少(すくな)くせよとあり食(しよく)養生(やうじやう)は今一ぱいとおもふを忍(こら)へ少(すこ)し腹(はら)を
【左丁】
すかして置(おけ)ば脾胃(ひゐ)をやしなひ又 食事(しよくじ)するとき空腹(くうふく)にて食(しよく)も
うまく消化(こなれ)やすし老人(らうじん)と小児(こども)は脾胃(ひゐ)の力(ちから)弱(よは)きゆゑたべすぐ
せばこなれあしく寿命(じゆみやう)をへらすなりつゝしむべし
○聖人(せいじん)の教(をしへ)に「飲食為節(いんしよくをせつにせよ)」といへり節(せつ)とは程(ほど)よくといふ
こと也 酒(さけ)も程(ほど)よく飲(のめ)ば百薬(ひやくやく)の長(ちやう)也 花(はな)は半開(はんかい)を看(み)酒(さけ)は微酔(びすゐ)を
楽(たのし)むと古人(こしん)いへりひらき過(すぐ)れば花(はな)ちり飲(のみ)過(すぐ)れば命(いのち)縮(ちぢ)むの禁(いましめ)也
○老人(らうじん)食事(しよくじ)して歯(は)にあはず口(くち)に残(のこ)りたる物(もの)は呑(のむ)べからず吐(はき)いだす
べし強(しゐ)てのめばこなれあしく脾胃(ひゐ)を損(そん)ず又 客(きやく)になりてもいやと思ふ
物(もの)しひてたべべからずいやと思(おも)はゞはじめより箸(はし)を下(つけ)べからず老人
は失礼(しつれい)にあらず礼記(らいき)にも見へたり○老(おい)を養(やしな)ふ食物(しよくもつ)は鰻(うな)
【欄外】
手引草 三十九