翻刻
【右丁】
十王も暑なつての下知。獄卒ともも供〳〵に。今迄
我等をは。鈍漢(へらほふ)の馬鹿のと。つがむねへ大頬(おふつら)をした替 ̄ニ。
大釜へ引ずり込と。大勢にて打込所に。忽(たちまち)大雨(たいう)降来(ふりきたり)。
熱湯(ねつとふ)たち所に。文湯(ぬるまゆ)となれり。蛮内は此頃よりの
垢(あか)を浴湯(ぎやうずい)し。少もこまらぬ有様。十王獄卒も
せんかたなく。こんな面(つら)の皮(かわ)の厚ひ。せめ力(ぢから)のなゐ
奴が。またと有ものではない。定て是にもまた訳が
なくては叶ぬと。釜中(ふち〳〵)を尋(たつぬ)れは。蛮内 所持(しよじ)
【左丁】
する所の鮓答(さくとふ)。【注】蛮語(はんこ)にて。ヘイサラバサラと言ふ
ものあり。此者天竺にて。雨を祈(いの)る時。此石を水中
に入る時は。雨降事奇也。若水中にてふらぬ時は。
又 熱湯(ねつとふ)にいれゝは。忽(たちまち)雨(あめ)降事(ふること)神(しん)の如(こと)し。蛮内釜
に入時我より先に。鮓答(さくとふ)をいれたり。故(かるかいへ)に大雨(たいう)
降来れり。地獄でもどふもかふも□【仕ヵ】方なく。十王
冥官(めうくわん)俱生神(くせうしん)。地獄中 総(そふ)【惣】奇合(よりやい)にて。皆〳〵智恵
をふるつての相談。はるか末のかたより。黒鬼罷
【注 鮓荅(さとう)に同じ。馬、牛、羊、豚などの胆石。また腸内に生じた結石。解毒剤として珍重され、また雨乞いのまじないとして用いられた。】