伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(六) - 翻刻

藩翰譜(六) - ページ 12

ページ: 12

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【右丁】 そのゝち四位の侍従になつて寛永十六年二月播磨国 姫路の城にうつる《割書:十八|万石》正保元年三月廿五日 六十四歳にて 卒し嫡子 鶴松丸家をつき《割書:十五|万石》二男 八郎左衛門所領の地 をわかつ《割書:三万|石》八郎左衛門 今年十二月廿六日世をはやうし けれは家絶ぬ鶴松丸成人して下総守に任し清良と 申す《割書:後に|忠弘》慶安元年六月十四日山形城にうつる其のち 四位に叙し又侍従に任し寛文八年八月三日下野国 宇津宮の城にうつる 《割書:いつれも本領十五万石のまゝ○世々此|家を長沢家といふ大御所の御先祖》 《割書:和泉守信光第九の御子松平源七郎親則参河の国長沢の城に|住たまふ親則七代の 孫長沢上野助康高は贈大納言家の御むすめ》 《割書:大御所の御妹君をむかへ源七郎康忠をまうける康忠文禄二年の|冬卒し給ひよつきなし大御所の御子上総介殿してその家を》 【左丁】 《割書:つかせらる 元和二年の秋 上総介殿なかされたまへは此下総守忠明を|もつてその家をつかせらるゝと云々 此事たしかなる 実記に見えす》 《割書:上総介殿長沢の家つかせたまふ事は勿論なり上総介殿なかされ給ひし|時は忠明すてに 大坂の城をまもつて十万石を 領せりいかなる故ありて》 《割書:上総介殿の御あとをうけしといふにや おほつかなしたゝし此家の|紋奥平家とおなしからぬはいかさま 故ある事にや 其家の系図には》 《割書:天正十六年忠明か六歳の時 大御所の御養ふと|なされ御家号下し 給ふ事 のせたり不審》