伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(六) - 翻刻

藩翰譜(六) - ページ 15

ページ: 15

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【右丁】 やかて木曽をうたんとす義政しばらくもたまりかね深志をは 貞慶にさけわたしはう〳〵木曽へそ にげかへる《割書:此事の始終|夏目か記に》 《割書:つまび|らか也》貞慶二歳の時国を出ことしふたゝひ本国にかへり 入悦事かきりなくやかて会津に使たつて 父長時を迎ん とす長時今しはしかほといきのひすめしつかふ小童のために きられて死せしこそ無慚なるかくて越後の上杉当国に 攻入りへしと聞えしかは貞慶同国の住人高坂真田等の人々 と同しく越後の国に使者を参らせ景勝にしたかふ景勝 ほとなく其勢四千五百人にて信濃にこゆ又相模の国北条 左京大夫氏直四万八千余騎の軍勢を引率し上野国厩橋の 【左丁】 戦に打かつて《割書:織田の大将滝川左近将監|一益をうちやふりしなり》碓氷の峠を打越て これも信濃に打入たり貞慶をさきとして高坂真田等 北条の多勢をや頼みけんたちまち上杉をそむきて北条に したかひ景勝と戦んと 屋代 川中島を経て善光寺に 向て陣を取景勝 筑摩川を打渡りてすゝみ来る北条 かねては高坂源五郎かうら切をたのみてこそこゝまては うち出たれ此事すてにあらはれ高坂誅せられぬと 聞えけり かけあひの軍に上杉と戦はん事 叶ふ へからすとや 思けんこゝより 引返して 甲斐の国に 入て徳川殿と戦ふはしめ 徳川殿小笠原か本国を