翻刻
【右丁】
打したかへしと聞しめして さらは 加勢あるへしとて
奥平九八郎信昌に あまたの軍勢つけてさしむけらる
貞慶すてに徳川殿も 叛き参らせて北条にくみし
けれは奥平もみちより引て帰る同き九月貞慶三千
余人をひきゐて川中島に打出竜王の城をおそふて
上杉か大将清野入道かために《割書:清竜軒|といふ》やふられて塩尻に
引返す同国の住人保科弾正忠正直 徳川殿の御方
として貞慶か 陣にをし寄て 戦て首あまた斬て
献らせたりさるほとに北条の氏直 甲斐の国に打入
同き左衛門太夫 氏勝か兵をあはせて都合 其勢五万
【左丁】
五千徳川殿の御勢七千人にむかつて ことし七月の初より
十一月に到るまて大小の戦 七十余度 つゐに一度もかつ事
を得す貞慶此ほと塩尻に陣とつて此よしを見ていや〳〵
北条か軍のやう心にくからすと おもひ又北条をそむきつゝ
ふたゝひ徳川殿の 御方にこそ参りけれ氏直も徳川殿に
中なをりし本国にそ引返さる同き十二年 徳川殿
北畠殿を援たまひ秀吉と軍起る此ころより貞慶又
真田とおなしく秀吉と心を合す 十三年十一月石川
伯耆守数正岡崎をさつて秀吉へ参りし時貞慶か
人質をも引具してゆくかねて貞慶といひあはせし