翻刻
【右丁】
旨ありとそ聞えたる あんの如く十二月貞慶兵を起て
高遠の城におし寄こゝかしこの 村々に放火して引かへす
明れは天正十四年の夏徳川殿関白と御中なをりし事
なれは貞慶又徳川殿に つきて殿下に見参仕へきよし
を申て十五年の正月酒井左衛門尉忠次小笠原真田を具
して上洛せる同き十八年関白殿北条を伐給ひしとき
貞慶たちまちに 罪蒙り其故は関白の御家人に尾藤
甚右衛門尉といふもの有讃岐国半を賜ひ去し天正十五
年筑紫の合戦に不覚の軍せし罪によつてその所領
を没収せられ貞慶か許に忍ひ居たりことし北条討るゝ
【左丁】
に及んて年既に経ぬ今は何事かあるへきとて 貞慶尾藤を
具して関東に向ふ関白此旨を聞し召いかり給こと大かた
ならす尾藤たちまちに誅せられ貞慶所領を没収せらる
《割書:一説に去し筑紫の合戦に 仙石権兵衛尉尾藤甚右衛門尉二人なから罪|を得て所領を没収せられをわんぬ小田原の軍におよひ仙石は忍て関白の》
《割書:御陣にしたかつて軍して高名し 尾藤当城にこもる城おちて|尾藤をはとらへて 誅せられ仙石には所領を賜ふ事かもとのことし》
《割書:○按するに小笠原か尾藤につみせられて 所領收公せられし事は本文|にしるせるかことくなるへし尾藤か城にこもるといふは あやまれるにやたゝし》
《割書:尾藤城にこもり城をちとらへられてとし比はいつくにありしやと|糺問せられて日比は小笠原か許にありしか此度城にこもつて候なと》
《割書:いひし故に小笠原も罪おもくなりて所領没収せられしにや関白の|勘当の人を軍中にともなひしといふはかりには所領を没収せらる》
《割書:へきほとの罪にはあらす それも又関白の 我意をたてんか為に|これほとの事をもかくおもく罪せられし こと しらす》ことし
徳川殿関東にうつらせたまふ貞慶か男兵部少輔秀政は