翻刻
【右丁】
《割書:妹むこ也信玄頼重をうしなつて|我妹の娘を妻とし四郎勝頼をうみし也》 諏訪の嫡流絶ぬれは
満隣か二男頼忠其先蹤をつき安芸守に任すこれ
因幡守頼水か父也けり武田ほろひ織田殿うたれ玉ひし
後大久保七郎右衛門忠世 信濃の国にむかひ諏訪に使
たてゝすへからくはやく御方に参るへき由をいはせけれは
頼忠最初に徳川殿にしたかふ酒井左衛門尉か至るに及ひて
忠次徳川殿の御下文給て信濃国の事知行す国人
等すみやかに忠次にしたかふへきよしを下知す頼忠大
に怒て戦はしめ 徳川殿の 御方にこそ参りたれ
忠次か被官たらん事おもひもよらすとて城中に楯
【左丁】
籠り七月十八日軍兵を発して松平又七郎家信か陣を
をそふ同き廿六日みかた兵を伏置て頼忠か兵十余人を
うつとるかくては国人こと〳〵くそむき参らすへしと
見えしかは忠世仰を承りかさねてもとの武田か侍折井
《割書:市左衛門|次昌》権田等を《割書:織|部》使としてたゝ始のことく徳川殿の
御家人たるへしと申けれは頼忠さらんにおゐてはいかて
仰をそむくへき謹て奉りぬとて郎等茅野丹波
清房沢市左衛門房重を御使に参らす徳川殿御
感浅からす茅野沢に物給ふ事数あつて 帰さる
明る天正十一年三月頼忠子息頼水を具して参り