翻刻
【右丁】
正月五日卒す六十三歳嫡子右京亮忠晴家をつき
《割書:三万|石》因幡守になり舎弟等に所領をわかつ《割書:兵部右衛門|各千石つゝ》
【左丁】
土屋
民部少輔 源忠直足利右馬頭秦氏の六男一色宮内卿
法師 公深七代の孫金丸伊賀守藤次か 玄孫なり
藤次か時に至て 甲斐の源氏武田か被官となる武田
一族の名字なりとて一色をあらためさせ秋山となのらせ
又家人金丸か家をつかせけれは金丸とあらため名乗
けり其子若狭守虎嗣《割書:美濃守か事甲陽|軍鑑につまひらか也》其子筑前守
虎義大膳大夫晴信につかふ晴信無双の勇士十二人を
選て軍の使を定めらる此筑前守虎義第一にえらみ
出されたり虎義男子七人あり二男平八郎昌次《割書:家の|系図》