伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(六) - 翻刻

藩翰譜(六) - ページ 34

ページ: 34

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【右丁】 《割書:松平周防守か家老岡田竹右衛門元次に嫁せしめしかは男子をまうく|岡田内記といふ忠直には母をおなしくしたる弟なりとて岡田は数度》 《割書:の高名をあらはし徳川殿むかしよりしろしめされしものなれは|かれといひこれといひかの内記をめしつかはるへし忠直か名字あた》 《割書:へし土屋と名乗せよと仰下されしに忠直か同母の弟めしつかはるへき|よし誠にかたしけなき次第なりさりなから忠直はかくめしつかはるゝ》 《割書:事たゝ忠直か父の名字の故にこそ候へ又忠直いとけきより君につかへ|てかれと一所にあらされは其心をもしらすいかに母を同しく仕候とも》 《割書:心をしらさらん者に忠直か父の名字あたへ候わん事思ひもよらす候と|辞し申けれは申所ことわり至極せり さらはとて徳川殿ちかく》 《割書:めしつかはれし一位の局に仰られやしなふて子とせよとありしかは|一位の局か子神尾刑部少輔か弟となりてめし出さる後に神尾》 《割書:備前守元勝と|いひしは是なり》忠直三十五歳にして慶長十七年三月 廿四日に卒す男子三人嫡子平八郎 二男采女《割書:後には|但馬守》 三男金弥《割書:後には兵|部少輔》と云 平八郎六歳にして父につく 大坂の軍わつか八歳の時なれは御あとにとゝめらる《割書:此とき|土屋》 【左丁】 《割書:西郷二人か勢をもつて箱根の関をかためらるゝよしその家にて申伝ふる也|しかるに大阪両陣供奉 幷に留守の記を見るに冬御陣には戸田右京亮》 《割書:かの関を守る夏御陣には近藤一党歟と注せり 不審也夏御陣の事を|うたかひししるしやうなれは土屋西郷かまも【り脱ヵ】しは此時の事か又慶長》 《割書:十九年大久保相模守|配流のゝちの事にや》常に大相国家の御側にてひとゝなり 成長の後民部少輔に任す大相国家かくれさせ給ひて 将軍家御代しろしめしゝ初譜代の大名撰れて諸衆 を定らる民部少輔利直もその撰に入られたりされと 身いたわる所多けれは事をいとひて多くは引籠りて 居たりとし六十九歳にして延宝三年《割書:閏》四月廿四日に 卒す嫡男伊予守頼直二男相馬長門守勝胤是は 相馬の家をつく《割書:相馬大膳亮義胤か母は故民部少輔忠直か異|父同母の妹也義胤に子なけれは利直か二男》