翻刻
【右丁】
《割書:をもつて家|つかせしなり》三男数馬家直とて男子三人あり頼直父
に継き《割書:二万石六月廿七日家督をつき|去年十二月二十六日 叙爵》家直へ所領を分つ《割書:二千石|内千石》
《割書:は開発|の田なり》頼直家をたもつ器にあらされは延宝七年八月
所領を没収せらる 父祖の事仰出され別の義を以て
其子主悦達【ママ】直にあらたに所帯を賜ふ《割書:三千|石》父頼直を
あつけらる
但馬守源数直は故民部少輔忠直か二男にて《割書:五百石を|わかち領す》
左大臣家に仕奉りて御扈従組の番衆たり寛永九年
十一月五日御進物番となり同き十八年七月五日御書院
番の組頭となり慶安元年十月廿七日御扈従組の番頭に
【左丁】
のほらる明暦の頃御側衆になされ寛文二年二月少
老の職に補せられ同九年十二月 執政の職となる
所領加賜ひ《割書:一万石を|加らる》九年六月廿五日常陸国土浦の城
を賜ふ《割書:此時に到て凡そ|四万五千石を領す》延宝七年三月十五日卒す年
七十三歳男子二人嫡子采女政直二男水野藤三郎某
その外祖水野石見守かよつきとなる政直万治元年十
二月能登守に任し寛文五年十二月 相模守となり
父か家をつきぬ