翻刻
【右丁】
《割書:家紋唐団扇としるせり|おほつかなし》彼か先祖一たひ安祥殿の《割書:清康主の|御事》
御手に属す安祥殿うせ給ひて後今川にしたかふ
美作守貞能永禄八年の比より氏真にそむき徳川殿に
したかひ奉り 同十二年氏真遠江国掛川の城をさりて
相模国へおちゆきたまひし事貞能か功すくなからす元亀
元年六月近江国姉川合戦に貞能酒井左衛門尉忠次か手
にしたかひ軍して多くの敵をうつ同三年貞能か父監物
貞勝入道道文を始とし一族甲斐の武田にしたかふ貞能も
又これにおなし天正元年七月徳川殿長篠の城を攻給ふ時
後巻せよとて武田四郎軍兵あまた差遣はす晴信入道の
【左丁】
卒せしをふかくかくすとすれと貞能これをしりてひそかに
徳川殿に志を通しかたきの謀一々に告しらせ奉る奥平か
作手の城には武田か侍大将甘利左衛門尉馳加るそのうへ貞能か
謀をは一族等にもふかくつゝみければ勢のほとも多からす
かゝる所に武田左馬助黒瀬といふ所に陣とつて貞能心替りし
ぬと聞て貞能をよふ貞能やかて黒瀬に到りしかは左馬助
対面してせとの家康に心あはせたりと聞ゆ今日の見参こそ
神妙なれといふ貞能おとろく気色もなく此ほとの人父は子を
うたかへは子は父をうたかふ讒人の申条もつとも 信するに
たるへからすとこたへてさらぬ体にて 物語に時をうつす