伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(六) - 翻刻

藩翰譜(六) - ページ 52

ページ: 52

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【右丁】 給ふほとに氏政父子一族郎従をわかつておほくの城々に こめらる美濃守氏規 伊豆の国韮山の城にここもつたる 諸方の城々こと〳〵く攻落されて今は小田原の城のみ残 たり氏規かこもつたる韮山はつゐにおとされす此所の寄手 上方の大名七人に北畠内府の軍勢を合て五万余人以の 外に攻あくんてた遠攻にすること五月にそ及ひける 関白の仰を奉り徳川殿の御家人小笠原丹波守御使 として此城に行向ひみかたの人々の軍するやうをみる 小笠原上方の人々のいひかひなく城をまもり居たるを怒て 手勢引くし人ませもせす攻戦ひつゝくみかたなけれは 【左丁】 父子終にうち死すかくては此城いつおつべしともみえす 徳川殿氏規か許に御使を給ひ抑関八州の城々こと〳〵く におとされぬしかるに韮山の城のみをいまたをとされす氏親の 名誉まことに双なしといひつへしこゝに太田十郎氏房 《割書:氏政の子|氏直の弟》羽柴下総守勝雄【ママ】と相議て東西の和睦事 ならんとす《割書:按するに関白浮田秀家|してはからせられし事也》たとひ氏規その城 一ッを守てうち死を決せらるゝとも小田原の城くたらん 上は其詮なきに似たりはや〳〵其城をさつて小田原の城 に入氏政父子事故なからん謀をめくらさるへしと仰 下さる又氏政父子へ書を給て其城はやくよせ手の