翻刻
【右丁】
旨あつて同き十二月十二日氏直の供して高野山に
のほる同し冬の比氏直天野といふ所に下り住し給ひ
明年の春関白殿より大坂にめされ北畠内府の住れし
館に請しられ御対面の儀あり やかて国をもたぶや
かりしに文禄元年十一月四日 痘瘡をうれへ三十一歳
にて死し給ひぬ《割書:北条五代記創業記 家忠日記夏目か記等|ならひに関白殿 徳川殿氏政父子の書報等に》
《割書:古き人の物語せし事をましへみるに 北条のほろひしはしめより|終にいたるまて 事みな違変事出来て つゐに事やふれし思ふに》
《割書:こと〳〵く秀吉の姦謀よりおこるとみえし也又氏直は毒殺せられ|たまひしといふ人もあり氏規の事もあつからぬ事にて事長けれは詳》
《割書:に記する|及はす》そのゝち関白殿氏規をめして河内の国にして
所領をたふ《割書:今領する所河内の佐山一万石|秀吉よりたまひしにや》氏規の男美濃守
【左丁】
氏盛か男四人嫡男美濃守氏信二男熊丸早世し三男は
右近太夫氏利四男民部少輔氏重といふ美濃守氏信家を
つき其子久太郎氏家につたふ氏家か子なかりしによつて
右近太夫氏利か子をよつきとす伊勢守氏治これなり
其子左京氏朝