翻刻
【右丁】
して家ほろひ正成御家人となされ内匠頭になる《割書:本多|佐渡守》
《割書:をさけしと云○二万石を給ひしと云 按するに|秀秋の家にて は 寄騎こもる 四万石》大坂の戦に首廿七
きつて献るのち越前の家につけられて越後国糸魚
川の城を領す《割書:寄騎共に四万石と云此事にはおほつかなくおもふ|所あれとも世にいふ所に 任せてしるす》正成
はしめ斎藤内蔵助利三か娘を妻として丹後守正勝等をまうく
《割書:正成はしめ稲葉兵庫頭重通か娘にそふて男子二人をまうけそのゝち妻|におくれて利三か娘をむかへし也利三は美濃国の住人にて明智日向守》
《割書:か妹むこ也光秀にしたかつてうち死す男子三人女子一人父かうたれし|後都のかたはらに住すその女子をむかへし也是すなはち春日の局なり》
かくていかなる故かありけん此妻家を出てのち将軍家の
わか君竹千代殿の御乳母となされその子丹後守正勝か
とし八歳の時に わか君にめしつかはる《割書:のちに常陸の国柳|の岡六千石の地を》
【左丁】
《割書:賜ふと|いふ》内匠頭正成をめし返されて下野国真岡の地を賜ふ《割書:二万石○|正成越後に》
《割書:ありし時永見といふ人の娘むかへて男子壱人をもうく将軍家へめし返されし時|越前の家にとゝめてつかへしむ出雲守正房これ也正成御家人となつて後山内》
《割書:土佐守か妹をむかへ又男子をまうく権左正吉といふ成人の後めし出されて五千石を|賜ふ又春日の局か兄弟もめし出されて仕へ奉る今の斎藤皆これらか子孫也と云》
丹後守正勝わか君の御乳母子たるによつて将軍家の御覚浅からす
父正成卒せし後父か所領をも合せ賜ふ大納言殿将軍宣旨
かうふらせ給ひて後将軍家宿老の職に加はり大相国家
薨しさせ給ひ将軍家御世しろしめしゝ始寛永九年七月
朔日加藤肥後守忠広罪あつて出羽の国に流されし時正勝
御使承たまはつて肥後の国に向ふ此年十一月廿三日相模の
国小田原の城を賜ふ《割書:四万石を加へ給りて合て|八万五千石を 領す》同十一年正月廿五日