翻刻
【右丁】
正信に父か遺領を賜ひ《割書:十万|石》其余の男等にもわかち賜ふ事
差あり《割書:久二郎一万石虎之介|五千石右馬助三千石》正信家を継て御詰衆に
加りぬ万治三年十月八日 一封の諫書を上り身の
いとまをも申さす 江戸を去ておのか佐倉の城に引籠
れり其諫書の大略は当代 御幼稚の昔より世を
しろしめす事既に十年輔導の人其道を得す
天下の人民こと〳〵くに疲弊し幕下の将士悉くに
貧困すすへからく早く恩恵をほとこし窮愁を
慰せらるへしまつ正信か父より伝へ賜ふ所の
禄をもつて御家人等に充給ふへき料とせらるべき
【左丁】
依て今迄正信か領する所の城地こと〳〵く返し奉る
の旨をのせ 肥後守正之 豊後守正秋を上所にし奉り
《割書:かくて此事 披露ありて 正之朝臣をさきとして執政の人々|僉議ありしに 伊豆守信綱一人上野介は心狂してこそかくは》
《割書:侍るらめと申すみなされば 此諫書のさす所ひとへに 信綱か|執する所をふかく非するに似たり 又正之正秋等をもつて 上所とす》
《割書:これといひかれといひ信綱上野介か所為をにくみおもひかく申し|さまたくるにや とおもひけるか正之朝臣はたとへ正信かいさめ申》
《割書:所一々其理をつくさすとも 世をうれへをのか家をも身をもわすれ|君をいさめ申条はいかて狂気とは申さるへきと のたまひけれとも》
《割書:信綱は正信か狂気うたかふ所あるへからすとのみ あらそふ正之朝臣|かさねて 雅信故加賀守か嫡子にてその身もかく忠を存するものなる》
《割書:をいかてあへなく狂人とさためらる事あらんやとありけれは信綱|仰承り給はつては故加賀守か嫡男なれはいかなる罪を犯したり共》
《割書:一度二度はなと御なためあるへきと存するによつて信綱はかれを|狂気とおもひなして 侍るとこたふ 人々猶も不審に思ふけしき也》
《割書:けれはその時信綱いひけるはかの諫書を見るに領する所の城地こと〳〵く|返したてまつるその事 又御不審の事あらんにはめされては尋》