伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(六) - 翻刻

藩翰譜(六) - ページ 63

ページ: 63

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【右丁】 披露ありしかは修理大夫かまもるの怠れるを御とがめ あり又豊前守正勝もおなしく こもりてありし か二人程なく御ゆるしを蒙る正信をば淡路の国へ うつされて松平阿波守綱通に 預らる同六年の秋 綱通卒し其子淡路守綱矩 預人となる同八年五月 八日右大臣家薨しさせたまひぬ正信配所にて此よし を伝聞てふかくなけき 預人綱矩か許へ文のこして 同き月の廿日剪刀をもつてみつから吭をかきゝつて 死す年四十九才 備中守紀正俊加賀守 正盛か三男外曾祖母春日の 【左丁】 局か養子として右大臣家御誕生ありし御七夜 よりつかへ奉る春日のつほね卒して後その 所領を ゆつられ《割書:三千|石》父か遺領と共にあはせ領す《割書:一万三|千石》万治 三年二月廿三日に奏者の事をつかさとり寛文七年 六月上野国 安中の地を賜ふ《割書:一万八千石|を領せし也》同十年二月 廿二日少老の職に補せられ延宝 六年十二月廿九日 加へられ《割書:五千|石》同七年七月十日 執政の職に至り所領 加へ賜ひ《割書:三万八千石|になれり》十二月廿七日従四位下に叙す