翻刻
【右丁 白紙】
【左丁】
太田
備中守源資宗は源三位入道 頼政の嫡男 伊豆守
仲綱五代の孫太田摂津守資国か 末葉也《割書:系図に曰|資綱か父》
《割書:左衛門尉国綱か時土御門院国綱か頼政の曽孫たる事を聞し|めされ丹波国 五 の庄を賜る その子資国 彼国大田郡に住し》
《割書:けれは太田と名のると云 按するに丹波に矢田郡あつて太田の郡はなし|おほつかなし永享記には太田備中守 資清は武州 都築郡太田の》
《割書:地頭也といふ太田と名のる事 累代太田の郷の地頭職たりし故にや|たゝし太田の郷も崎玉の郡にあり都築郡にはあらす 不審》
資国に四代備中守資清入道道真鎌倉の管領
扇ヶ谷上杉の家老として武蔵の国に有はしめ
河越の庄に住しそのゝち生越にうつる《割書:生越の竜穏寺|此人のたてし》
《割書:所と云又一説に江戸の城も此人|はしめて築し共申す也》其子左衛門大夫持資入道