翻刻
【右丁】
武田四郎これを聞て安からぬ事なりとて同き五月のはしめ
みつから多勢を引率し長篠に押よせもみにをふてせむ
信昌わつかの勢をもつて 防き戦ひ寄手手をひ討らるゝ
もの数をしらす 《割書:此時勝頼信昌か質とせし妻をはりつけに|して甲斐の国を 出るといふ一説にこの事は目》
《割書:これよりまへの事なりそれゆへに|徳川殿御むすめを下されしともいふなり》徳川殿此よしを聞し召
信長の加勢こふて信昌をたすけ来り給ひしかは同き
廿日勝頼軍勢を引わけ長篠のほとり鳶の巣久間の山
に要害をかまへて守らせ我身はある見原へ打出て陣せらる
此夜美作守貞能案内して酒井左衛門尉忠次等鳶の巣に
むかひ明る廿一日の朝敵二ヶ所の要害に押よせ攻む貞能
【左丁】
自ら槍とつてまつ先にすゝむ敵をかけやふつて城中に
いらんとす敵又とつて返し戦んとする処に信昌城より
切て出おほくの敵を追はらひ大平口にうつて出作手田嶺
鳳来寺岩小屋等の要害こと〳〵くに降すかくてある見
原の合戦かたきこと〳〵くに敗れしかは信長貞能父子を
めされ信昌わつかの勢にて多勢のためにかこまれ敵を打
事数をつくしつゐに御方のうしろ巻をいたし得たり天下に
ならひなき名誉なりと感したまふ事斜ならす徳川殿へ
御使あつて《割書:西尾小左衛門|使たりと云》姫君の事仰られしかは頓て彼家へ
入まいらせらる長篠田嶺吉良田原《割書:三河の|地なり》刑部吉北新庄