伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(六) - 翻刻

藩翰譜(六) - ページ 77

ページ: 77

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【右丁】 《割書:参て候と申すなにゝよつてか重昌とゝめんとはしけるそと仰下されしかは|君はひたすらの土民百姓等か反逆せしとおほしめさるれはこそ追討の御使》 《割書:もかろく候ひつれすへて宗門につきておこる軍は大事のことの候此定に|ては重昌かならすうち死仕るへしいかにもはかつてとゝめはやとそんし》 《割書:候ひしと申す以の外に御気色損し御座をたゝせたまふ宗矩次の間に|伺公して夜ふくれと罷いてす此よしを聞し召てかさねて御座に》 《割書:出させたまひ宗矩を召て重昌うち死すへきとはなに故にかくは申すぞと|ありし時宗矩さん候それ兵の道は勇をもつて旨とすかるか故に勇士はかならす》 《割書:死をおそれす三軍の士をしてこと〳〵くに死をおそれさらしめん事は|いにしへのよゝ兵を用るものもおよひかたしとうけたまはりぬおよそ下愚の》 《割書:人法をふかく信し候ものは我法をかたくまもりて死するをもつて身の|悦ひとすこれ百千の衆こと〳〵く期せすして必死の勇士と変するの》 《割書:術にて候遠くためしを引迄も候はす 織田殿の兵威をもつて伊勢の|長島をせめて多くの大将をうたせ諸軍をうしなひ年を重てのち》 《割書:やう〳〵に城を落さる摂津国大坂の城をはつゐにおとしえす 天子の|勅命をかりて中なをりして軍は終りて候 三河の国の一揆はちかく》 《割書:御家の事候去し大坂の軍に重昌いまた年若く候時たにも数十万|騎の中にたゝ一人えらみ出されて 大事の御使うけたまはつたるもの》 《割書:なれはこれらの凶徒ほろほさんになにことあるへきかつは当時 御使|をうけたまはる上は誰かその下知にそむくへきなと思しめされなは事の》 【左丁】 《割書:たかひ候はん便重昌か 今すこし位も高く 禄もあつて又としころお|もき職をもつかさとつて つね〳〵世上の 人にもおそれうやまはれて》 《割書:候はんにはまことによき御使にこそ候へけれ今の重昌か身にて西国の|大名等か軍勢を催して城をせめんに 一たんは御使をうけたまはつ》 《割書:たるにおそれて其下知にしたかはんにおもふにも 似すせめあくみ候はん|には重昌以の外に思ふとも 心にまかすへからす其時に至ては 御一門の》 《割書:人にかきらすは宿老の中をえらみてかさねて御使に差下さるの 外|あるへからすさらんにとつては重昌何の面目あつてかいきてふたゝひ》 《割書:関東にかへりて見参に入候へきあつたらしき御家人をうしなひ|候はん事まことにおしく候へとも 猶それよりも 御使うけ給はつ》 《割書:たるものを土民 百姓かためにうたせて候といふ事はなかき天下の御恥辱|とこそ存すれあはれ宗矩御ゆるしをかうふらはやかて 追つきて》 《割書:よくこしらへてめしくして帰り参り候べしと はゝかる所なく申けれは|御後悔の色見えさせたまひしかとも さらに又それもかなひかたくや思し》 《割書:めされけん夜いたくふけたり罷帰りてやすみ候へと御いとま給て御前|を退出すのちにおもひあはするに宗矩か申せし所 たなこゝろを》 《割書:さすよりもあきらかにそ候ひける此事宗矩ひそかに我師にて候|ものにかたりてくやみしと我師又ひそかに某に語て今おもふに》 《割書:宗門につきて おこる軍大事なりといひしは|人の心つきなき事也 けると感し候ひき》宗矩男子三人