翻刻
ある日大 臣(じん)にさそはれ此所の水(みつ)心まだ汲(くみ)てもしらぬいづくやと
いふあげやへ行けり。御池天狗(おいけのてんぐ)とやらんかこがもとより二人ともに
のり出す。例(れい)の天狗(てんぐ)か羽(は)ぶさにつゞく木葉の六兵衛。見ぢんの
久介など。嵐(あらし)に雲(くも)のとぶがごとく。いつさんにかけるほどに。筍斎
駕(かご)の内よりやれ〳〵目がまふ。五リンや壱分の事はいふまい今(ま)
そつと静(しづ)にやれといふ。卸(をろせ)さゝやき。もし〳〵途中(とちう)でごさる。
物ごとだまらしやりませい。今(ま)ちつとで壱貫でこざるといへは。夫(それ)は足(あし)
もとを見る壱貫とはどうよくじやとわめく。扨(さて)きのどくや。壱
貫町の茶(ちや)やへちかひといふ〳〵たには口につけば。爰にて
茶(ちや)たはこなんどたうべ。ゑもんかいつくろふもおかし。やきゐん
のあみ笠(がさ)に人め包(つゝみ)て出る。簡斎 巾着(きんちやく)をひねくるほどに大 臣(じん)
見付て何ぞととへば。銭なけ出(いだ)し茶(ちや)代といふもかなし大臣何
とかゝけふはかはつた撥(ばち)を持(もつ)てきたが。かかおかしひ巴(ともへ)様で
ごさんす大臣さらばかか御帰へりにと夕暮(いふぐれ)のかねて用意の尻(しり)か
らげ。亭主(ていしゆ)跡(あと)より供すなる。大臣みち〳〵筍にかたる此所
には万かへことばの多(おほき)き所ぞ。下卑(けび)給ふなと云(いへ)は筍さい今のばちの
巴(ともへ)のとは何事に侍る。さればよ。それさへしらで出過給ふな。大こと
いふ合点(がてん)がゆかぬか。尤(もつとも)じやととつけもない人ごとの。うはさ
町をひちまがれば。上中下の女郎町道中のはで小袖二つ三(みつ)
四つひとつまへ。かいつまどりて八 文字(もんじ)いつも白足(すあし)のきよらかに
かぶろやりてのかつがうのありさま。揚(あげ)や男のともすなど。当時(とうじ)
さかんの君と見ゆ。かたへを見れば。さびしさうなる局(つほね)女郎