翻刻
水に落てくだけ流るゝ詠えもたえず。其 朝(あした)又 釣(つり)せん
といへど。筍斎大きなるつぶりかろ〳〵とふつて。存しもよら
ぬ。いかひはまりにこりましたといへば。心 当(あて)空敷(むなしく)釣(つり)はやみぬ
二 名所(めいしよ)聞(かぎ)ありく茶(ちや)の芳園(はうゑん)
昨日(きのふ)の淵(ふち)はけふの瀬に川かりのあだ波引かへ名所尋てあそぶ
折(をり)しもせがきの法会あり。筍斎 光明(くわうみやう)遍照(へんぜう)十 方(はう)施餓鬼(せがき)
といひければ友 願以此功徳(がんいしくどく)平等院(ひやうどうゐん)と口きく。彼(かの)扇(あふぎ)の芝を詠(ながめ)
頼政(よりまさ)といふ事をかくして。扇(あふぎ)の芝(しば)を読(よめ)といへば筍斎
あはれさはなを聞しよりまさり鳧(けり)扇(あふぎ)の芝の草のあさ露
当寺(たうじ)建立(こんりう)の時大 納言(なごん)公任卿(きんたうきやう)御 車(くるま)にてわたらせ給ふ。関白(くはんばく)
問給はく。門をたつるに方角北むきならで便(たより)なし。寺門の
北にたちたる例やおはすと尋給ふ。さしもの公任卿(きんたうきやう)も。さし当
て御覚へなかりければ。江(え)の師(そつ)の未(また)幼(いとけ)少なくて。車の尻(しり)に乗(のり)
給へるに問(とひ)給ふ。まさふさ畏て天竺(てんぢく)の那䦨陀寺(ならんだじ)唐(もろこし)の西明
寺 我(わが)朝(てう)の六 婆羅蜜寺(はらみつじ)北むきにさふと答給ひしより此
門きはまりしとそ筍斎
北むきに立たる門は宇治川のはしけいせいの名に社(こそ)ありけれ
茶師(ちやし)のもとにたよりて。葉撰(はゑり)の見物 望(のぞ)む。さすが京人とみて
ゆるし入あまつさへよき茶などたうひぬ友
橘(たちばな)のこしまが崎(さき)の香(か)をかけばむかしの御茶の初(そ)手のかそする
といひけるに。猶(なを)よしある人とおもへるけしきに。尻(しり)擽(こそばゆ)くいとま
乞て出ぬ。橋(はし)のみぎりに橋 姫(ひめ)の宮有。是は古へ此さとに物 妬(ねたみ)深(ふか)
【参照資料:国会図書館デジタルコレクション>浮世草紙刊行会叢書>第1巻>新竹斎>巻之三-二 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/953502/174】