翻刻
か親がた。昔(むかし)ながらのしはがれ声。とらぬ音頭(おんとう)に踊はてゝ。そのまた
の日はあし引のやまと大路に歩(あゆめ)ば。永き縄手(なはて)のしめかざり。小
松が芝居(しばゐ)春めきて翠(みどり)の畳(たゝみ)花むしろ。八重一 重(え)げに九重(こゝのへ)
の雲(くも)霞(かすみ)かさなりかゝる見物(けんぶつ)の。其許におり所は御ざないがい
や枝(えだ)がさはりませう御免なれなど。花に縁(えん)ある詞(ことば)。時に取
ておかし。未(まだ)狂言(きやうげん)の始(はじま)らぬほどに。筍斎ねめ介に語る。一とせ
此 芝居(しばい)に藤田(ふちた)皆(みな)之丞といふ若女(わかをんな)の在し。東(あつま)人ときこゑし
学問法師(がくもんほうし)ふかく泥(なちみ)て。かりの枕(まくら)をならべん事を望めとも。是
にあひける人多〱。それと哀(あはれ)はかけながら。皆の丞もえあはて日
かずふりぬ。ある日 彼(かの)法師(ほうし)同朋(どうほう)の僧三人づれにて此桟敷に
ゐる脇狂言(わききやうげん)一二番の程は。音なしの滝(たき)の白糸(しらいと)乱(みだれ)たるけしき
もみえさりし三 番(ばん)続(つゝき)の口上(こうしやう)過て皆の丞が出ると聞より
一 先(さき)にすゝみ出。あからめもせずまもりゐる。すははしがゝりをによと
出ると。口をたゝ〱事外の物 音(をと)きゝゑず。衆人(しゆにん)皆ぶたひ
は見ず。彼(かの)法師(ほうし)をみて。目を引袖を覆(おほひ)て笑(わらへ)ども。心 爰(ここ)に
非(あら)ざれば。みるをもわらふをもしらず。やれ命(いのち)とり物思ひさ
せずとも。早(はや)くころせ。つくばねの峰(みね)よりおつるみなの丞
さま。恋(こひ)がつもつて泪(なみだ)のふちとなりますなどいふほどに。皆の
丞も日比の僧(そう)としりて立まはりに。めをみやりてはにつと
笑(わら)ひ。扇(あふぎ)のよすがに招(まねき)なんどしければ。猶(なを)うれしがり堪(たへ)かね
後(のち)は直(たゞち)に立あがり。日本(ひのもと)の開山(かいさん)唐(もろこし)迄かくれ御さない。吉のゝ桜(さくら)のだの藤
田高 雄(を)の紅葉(もみぢ)のちらぬまに情(なさけ)の色を見せ給へ抔(など)。たゞ口なしに囀(さへづり)。手の