翻刻
舞(まい)足(あし)のふむ所を忘(わす)れ。伸(のび)つ屈(かゞみ)つもたゆるほどに桟敷(さんじき)より。さ
かさまに落(おち)て忽(たちまち)絶(たへ)入ければ。つれの僧どもあはてゝとびおり
見物(けんぶつ)の群集(くんじゆ)立さはひで。水をそゝき薬(くすり)をあたへけるにぞ
やう〳〵正気(しやうき)にはなりける。何者かしたりけん。此どしめく
内に一 首(しゆ)を紙(かみ)に書付衣のうしろにはり付たり
名にめてゝおるゝ計ぞ皆の丞われおちにきと人にかたるな 騒動遍照(さうどうへんぜう)
とはやひ事しけるに。恥(はづ)かしがりて逃(にげ)帰りぬ。是ほどおかし
き事はと語(かた)るほどに。三番叟(さんばさう)始(はしまり)ければ。咄(はなし)を止(やめ)ぬ。此座には
市川かほる。から松かせんなど。筍斎ねめ介にさゝやく。何
と此ふたりの内。いづれかすぐれたる。我は市川にくびだけと
いへば。ねめ介こたへて。かせんこそすぐれて覚(おほ)え候へ。かほるは
うつりやすきかた有て。からまつのいろかへぬ心におとり侍り。さ
れば詩人(しじん)も是にめで此国の風俗(ふうぞく)にもよくかなふ所を名字
と名とに気をつけ御らんあれといへば。夫(それ)はともあれ我心にいはゞ
いちかはゆらしかほる梅がえ
とおもふ。ねめ介もかしらをふつて
おもひかねけさから松をいかゝせん
とやかましき中にてもすける道とてすてず。さて立役(たちやく)は
藤川(ふぢかわ)武左(ぶざ)天竜(てんりう)馬入(ばにう)大井川よりあらき所もすぐれて
又じつかた。和(やわらき)は小松(こまつ)にかゝる花の藤川ともいはん。仙台(せんだい)が
よひ年をして。若(わか)ひ道戯(どうけ)をある人 二十(はたち)とゐめうす。八五七(やごしち)
といふ心にや。切(きり)は座(さ)中の大おどりめぐる日すでに。くれ