翻刻
つゞきそちむひて行かき村や。へた村過て上手(じやうず)げに弓(ゆみ)引やなる
矢田(やた)の町。八 幡(まん)の宮かう〳〵敷(しく)。武運(ぶうん)めでたき城(しろ)がゝり夕日(ゆふひ)やみがく
玉くしけ。ふたみの浦(うら)の貝(かい)しげみ。松を蒔絵(まきゑ)に蛎(かき)蚫(あはび)辛螺(にし)の色てる
玉がきの宮へ七里の舟渡(ふなわたし)し白浪(しらなみ)よする。小ぢりめん。さやへまはらぬ
順風(じゆんふう)に水手(かこ)が小歌のわつか松。松のひめ島(じま)右に見て。のまの内海(うつみ)の
汐東風(しほごち)に我は長田(をさだ)とふるへども。あつたの名こそ頼(たのみ)なれ。爰にも松
の年(とし)高き仙人塚(せんにんづか)の跡(あと)ふりて。昔(むかし)を思ひ出らるゝ。いとほしや亡父(ばうふ)
竹斎(ちくさい)此所にて。りやうぢの分(ぶん)の下手尽(へたづくし)。あらゆる恥(はぢ)をかき紙子(がみこ)引や
ふられてしよぼ〳〵と泪(なみた)て帰る時も有。又はつぶりを打わらられ包(つゝ)む
とすれど破(やれ)づきんもるゝ黒血(くろぢ)に名を流(なが)し。かゝへて戾(もどる)折も有
何(なん)ぶくもつた薬にもきいた事なき時鳥(ほとゝぎす)飛(とび)あるひたを能(のふ)にして
終(つゐ)にして出(て)ぬ薮(やぶ)いちこ人が喰(くは)ねば是非(ぜひ)もなし。身は朽果(くちはて)て名
計の残(のこり)多(おほし)と啼(なき)にける。ねめ介も袖をしぼり。実(けに)我か父 浅(あさ)まし
やならぬ世帯(せたい)を賄(まかなひ)て。主人(しゆじん)の物はさる事よ。その身の上のさよ衣
一 重(え)二 重(え)のきる物も皆(みな)七つやにおきつ波(なみ)あれのみまさる宮(みや)の内
なかし果(はて)ては八の木の煙(けふり)淋(さひ)しきすまあかし身(み)をつくしてもあ
はぬなり。胸(むね)ざん用にいせぢかき神祇(じんき)釈教(しやくきやう)恋(こひ)無常(むじやう)おもて住居(すまゐ)は叶(かな)
はじとうら店(たな)借(かり)て隠(かくる)れと波の打越(うちこし)あら磯(いそ)の猶 水辺(すいへん)に袖(そで)濡(ぬれ)て
日出る方(かた)におともせじ。爰(こゝ)らや在し宿(やと)ならんと恨(うら)めしげに詠(なかめ)行
女 房(ほう)の出かつら傾国(けいこく)に住(すみ)なれ屈(くす)んだ事のうるさく。よしなの昔語(むかしがたり)
やな帰らぬ事な宣(のたま)ひそいとゝに旅(たひ)は物うきにわつさりとし給へか
し人一 盛(さかり)花一 時(とき)ちりうなるみも程ちかしいさとて先(さき)へすゝむ