翻刻
にそうくかた早(はや)きひやうたんの穴生(あなふ)の村も過(すぎ)行て。妹川(いもかは)のうとん
そば風味(ふうみ)よしのとほめなせはあしやといへる里(さと)も有 左(ひだり)にさなき大
明神 池(いけ)に鯉(こひ)ふな多(おほし)とて呼(よん)で池鯉鮒(ちりふ)といふとかや遥(はるか)の北に
八 橋(はし)有おやぢの読(よみ)し歌(うた)を思ひて
五つ六つ七つ八橋見渡すはこゝのつゐでのとをりがけ哉
武士(ものゝふ)のやはきの橋の弐百 余間(よけん)長く久しき世の為(ため)し城(しろ)の
汀(みきは)のどろ亀(がめ)も万歳(はんせい)うたふ大 神楽(かくら)岡崎(をかさき)女郎 衆(しゆ)ぬれ色にしな
だれかゝる藤(ふぢ)川に哀(あはれ)や。ひなの住(すま)ゐとて手足はあれて松の木
の瘃(ひゝ)皹(あかぎれ)に赤(あか)坂や。数(かず)は八万 法蔵(ほうさう)寺。歌や二三四ごゆの宿(しゆく)石田(いしだ)の
雨の徒然に硯(すゝり)に向(むかふ)兼好(けんかう)がこゝに住(すみ)けん吉田(よした)町三 河(かは)続(つゝき)のふた川や
この手にふるゝ柏餅(かしわもち)もひとつあがれしほみ坂。塩時(しほとき)人にしらすか
の音は高師(たかし)のあだ浪の荒井(あらゐ)の渡し飛(とん)て行。鶴(つる)のまひざか
浜松(はままつ)の楽(がく)を吟(きん)ずる大 天竜(てんりう)池田(いけた)の長か跡とへは。甘泉殿(かんせんてん)の春
の夜の夢(ゆめ)になりたるゆやの前ことし計とかこちける桜が池の
朧月いづるそなたを見つけ山 後(うしろ)におへるふくろゐとひちに簣(あぢか)を
かけ川の小町 橋(ばし)行 気違(きちかひ)に礫(つふて)なうつそわらへ餅(もち)につ坂わくる
草の露 命(いのち)をさよの中山にたかかけ初(そめ)しむけんのかね。今は土(と)中
に埋(うつむ)れてつかせすとてもつき時の果報(くわほう)があらば金谷(かなや)の宿(しゆく)く
もに流るゝ大 井(ゐ)川島田 吹(ふき)上かうがいわけ。げに木ながらにいはね
とも。ゆふにぞまさる柳(やなき)かみ。紅粉(にこ)白粉(おしろい)もけいはくにせとの染飯(そめいゐ)
味(あぢ)有て色ある姿(すかた)行(ゆく)人に這(はい)まつはるゝ藤枝(ふぢえだ)や。岡部(おかべ)と名のる六
弥太が忠度(たゞのり)くんでうつの山つたの錦(にしき)の直衣(ひたゝれ)を春もきに