翻刻
に。今は右の百性をやめて西国(さいこく)への飛きやくをいたしおるといへば。
各(おの〳〵)腹(はら)をかゝへ笑(わら)らひながら。何と梅の枝を足にしては。さやうには
ありく事なるまひ事じやといへは筍斎貌をふつて扨は人々
にはか様の古事(こじ)をばしろしめさぬと見えたり。むかし北野天(きたのあま)
満神(みつかみ)未(いまた)菅相丞(かんせう〳〵)にてましませし時。時平(しへい)のおとゞの讒(さん)に
よつて心づくしにさすらひ給ふ。されば相丞都にて梅の木
を御 寵愛(てうあい)なされしが。都ゆかしき折から此むめの□を思召て
東風(こち)ふかは匂(にほひ)おこせよ梅の花あるじなしとて春なわすれそ
と読(よま)せ給ひしかば。此梅一夜が内に数百(すひやく)里を越てつくし安楽(がんらく)
寺(じ)迄参る。是より号(なつけ)てとびむめといふ。彼者がする。ひきや〱の文(も)
字(じ)を飛脚(とぶあし)とよむも此心に侍るとひげ口そらしいひけるにぞ
又大笑しぬ。扨又 珍(めつら)しいりやうぢはととへば。ある時 武家(ぶけ)の若党(わかとう)途(と)
中にて。不 慮(りよ)に喧嘩(けんくわ)を仕出し頸(くび)をころりとおとされぬ。つ
れの男 某(それがし)所へかけこみ此くびを継(つい)でくれよ。入(いら)ひで叶わぬくび
しやと申たほどに。頓而間の釘(くき)に。かうやくぬつて即時(そくじ)ついでとら
しければ。皆人きもをけす。某(それがし)はさのみにも存ぜなんだ。是も
只今 清水観(しみつくわん)右衛門と申て。息災に奉公勤(ほうかうづとめ)のある。此名をとへば
くびをきられて二 度(たび)ついだるによつて。清水の観世音(くわんせをん)に模(も)し
てつきたるとぞ。然は残(のこり)多(おほ)い事の御ざある。後向(うしろむき)に継でやらふ物と
今に存る。此 外(ほか)此様なはなれきつたりやうぢ。何が十や廿や三万と申
事は御ざないと云て。いふた貌もせず人皆 動作(どよみつくつ)て息(いき)のはつむ計
新竹斎巻之四