翻刻
かくればいふても皆のやうな。愚昧(ぐまい)な衆は請取が有まじけれ
ど。いはねば心あさきに似たれば申てきかせう。先 仕丁(じてう)の名の
陳平(ちんへい)といふは。今迄の名を甚兵衛(ぢんへい)といふた程(ほど)に取もなを
さず其かなを用ひてかう付た。何 ̄ンときこゑたかと扇(あふぎ)づかひす人
々是にはや余(よ)を準(なぞら)へ思ひすごしの可笑(おかし)さ。えもいはれず
されど面白(おもしろし)ともてはやす。扨 張良(ちやうりやう)はいかにととふ。是めは。茶(ちゃ)
は〳〵口をたゝくによつて。茶売様(ちやうりやう)といふ心。焚会(はんくわい)といふは存
の外の大 食(しよく)で一 朝(ちやう)一 夕(せき)ごとに飯(はん)九杯(くはい)づゝ喰(くふ)故(ゆえ)也。周勃(しうぼつ)は。主(しゆ)に
ぼつ〳〵口 答(ごたへ)するよりつくる。司馬生(しはせい)は当所(たうしよ)芝(しば)の生れのもの
なれば也。安(あん)六三は奉公(ほうかう)の給銀(きうぎん)ことの外やすきによつて
かしらに安(やすき)の字をおく六三は九月よりかゝへたるゆへ也。延要(ゑんよう)
伯はきれいずきにて。取わき縁(ゑん)をようはくといふ事。物 縫(ぬい)の
茗都氏(めいとし)は。めつきがいとしといふ事。中ゐ楓呂子(ふりよし)は。ふりよしと
いふ心。下女は米(こめ)をしろくとぐ事。上手(じやうず)なれば。怒議指露(とぎしろ)。さて
女 房(ぼう)どもを西王母(せいわうぼ)といふは是が生国(しやうこく)山 城(しろ)のふしみなり。伏見(ふしみ)
は無双(ぶさう)の桃(もゝ)の名所(などころ)されば。其 林(はやし)より出たれば。かくはよび侍る也
何 ̄ンといつれも我(が)がおれたか。されば〳〵一は代(だい)の我(が)を皆おつた。扨
々 承(うけたまはり)事 傍(そば)で。恥(はづ)かしひほどに。さらばといひてかへる
四 やまと窓(まど)は無理(むり)咄(はなし)の逃道(にげみち)
往昔(そのかみ)帝都(ていと)に在しほどは。すぐれて貧(まづしく)朝夕(あさゆふ)の煙(けふり)だにたえま
がちなる中にも。心計は男 独(ひとり)。月の名所(なところ)花の山。いたらぬくまも
なき遊好(あそびずき)なりかし。まして今 富貴(ふうき)栄耀(えいよう)の東都(とうと)の住(すま)ゐ。万(ばん)
【参照資料:国会図書館デジタルコレクション>浮世草紙刊行会叢書>第1巻>新竹斎>巻之五-四 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/953502/196】