翻刻
心中(しんぢう)も流(なが)るゝ水にくみてしる雪はつめたき茶(ちや)や女かな
とわる口いへば雪にかはりてあるじの女
心中も水のしたひもふる雪も打とけて社(こそ)そこはしらるれ
といひし。此わたりにかゝる人はと肝(きも)つぶれぬ。酒打のみ雪が小
歌(うた)に遊(あそ)びてやゝ半日(はんじつ)を過る。又 行客(かうかく)の跡(あと)のため。ながゐ
も心なしと巾着(きんちやく)ひねくりて一せきを引 包(つゝみ)茶代(ちやだい)すれば
さいはてなる女 二瀬(ふたせ)とやらんいへるが。かい取て勝手(かつて)に入(いる)。間(ま)
なく去(たち)帰りて。もうし是お銀(かねが)悪(わる)う御さりますといふ。扨も
恋しらずめ。替(かへ)てやらふも今(ま)ひとつとあらばこそ情(なさけ)なや。
いつくしき雪(ゆき)が貌(がほ)も心からにや恐(をそろしく)夢(ゆめ)になれと悔(くゆ)れどかいなし。
ためいきの下に何といかふわるひかととふ。さればやけたとやらん
にせとやら申ますといふに
やくるとは我(わが)おもひをやいふならん包(つゝむ)心のふじにけふりて
と艶(えん)なるかたに紛(まぎ)らはすれど。さすが代(かはり)のなき事。はちがは
しくさしうつふきゐたれば。主(あるじ)の女 雪(ゆき)にかはりて又よめる
見し色のかはりなき社(こそ)たのみなれにせをかけたるかねことの末(すえ)
といひけるにうれし〱おもはゆくさらばやといふ声(こゑ)も。ふるひ
〳〵まどい出ぬ。扨も此 主(あるじ)の情(なさけ)ふかさ言(こと)の葉のゆかしく心にく
きほどに。又々ゆかまほしながら。はづかしき悪(わる)がねのひゞき
に
心ならず夕(ゆふ)ぐれを送(をく)る。のち〳〵きけばかの女ぼうは。往昔(そのかみ)六 条(でう)
の町にてかほるといひし松(まつ)の君(きみ)。根(ね)引にひかれぬれど。其男世を
はやうし。ひとり身となりて。爰(こゝ)かしこさまよひありき。関守(せきもり)