翻刻
車(くるま)に大 団(うちわ)《割書:つよく風を引たるは|物うし》雪中(せつちう)の荻(をぎ)《割書:あらしさむくて|しはがれ声》
社檀(しやだん)の鼓(つゞみ)《割書:かみのうつは人めに|みえず》尾花の乱(みたれ)《割書:風よりをこるつふりの|ふらつき》
弁慶(べうんけい)が勧進帳(くわんじんちやう)《割書:とめにくき俄(にわか)の|せき》と書て咳(がい)気の薬一 貼(ふく)をそへたり
此人此 頓作(とんさく)に肝(きも)をけし聞及たるより面白(おもしろ)き坊主(ほうず)哉と。此のち
眤(むつましく)語(かたり)て無二の中と成ぬ。ある時筍に云。我 栄花(ゑいぐわ)に遊(あそび)て何わざ
にもふ足(そく)せず。されど初老(しよらう)の今迄。子といふものなし何と是に能
薬は有まじきかととふ。斎(さい)答(こたへ)て能薬こそ候へ。拙者丸といふ有
おこがま敷候へど。某(それがし)めに呵(あやか)り給はゞ子どもにふそくあらじ実(げに)
俗(ぞく)に云。万 宝(ぼう)より子ひとりと。まして我等はありそ海(うみ)の浜(はま)のま
さご計 数(かす)多(おほく)候へどあかぬ物に侍り。是を聞召とさし出す。見れば
つみ立る宝(たから)の蔵(くら)の梯(のぼりはし)ふたおやそひて子どもかす〳〵
と読(よめ)り。何か薬をくるゝと思ひしに。是は只当座の狂言(きやうげん)信仰(しんかう)ら
しくもおもはずなから。御あいさつ満足しぬといひて立ぬ。誠(まこと)に時
を得ては狐(きつね)に虎(とら)の勢(いきほひ)あり。古(いにし)への貧神(ひんじん)今の斎が福力(ふくりき)に。けを
されて。いふ程の事なす程のわさ。幸(さいわひ)ならぬなし。彼(かの)歌(うた)読(よみ)し
砌(みぎり)より其人の内室(ないしつ)懐胎(くわいたい)して。玉(たま)のおのこ子をまうけにけり
悦(よろこひ)の余(あま)りに筍斎は是たゞ人に非(あら)ず。つたへきく泉式部(いづみしきふ)能因(のうゐん)が歌
を読(よみ)て雨(あめ)をふらせしためし夫は上代是は来世それは勅命(ちよくめい)是
は凡言(はんげん)ふしぎにも読(よみ)かなへけるよと俄(にわか)に賞翫(しやうくわん)信仰(しんかう)して。偏(ひとへ)に
わたもちの神のごとくおもふより。此返礼に大きなる屋敷(やしき)に。いゑ
ゐひゞし〱造(つくり)て金筥(きんきよ)の山をつき酒樽(しゆそん)の泉(いづみ)をたゝへて。そこに
住(すま)せ。則(すなはち)一 子(し)のえぼしおやとうやまふ。なにかにつけて。闇(くら)ひこと