翻刻
弁へ幼より強(しひ)【左ルビ「むり」】たる事をなさず其益によりてや
此年月を無事に経て孫子も生し今日にて
は人に健なりと羨(うらやま)るゝほどなり然れど生れ得
し病身の治したるにはあらず元より我身のこと
なり旦医者のことなれば脈をも診ひ腹をも探り
て見るに此所宜くなりしと思ふ所もなしはや
来る春は古希の年に成事なれば其しるしには
目歯の少しあしきまでなり其外は不自由の所も
覚えず健なりと誉らるゝも虚誉【左ルビ「うそぼめ」】にはあるまじ
愚老より年若き朋友どもの丈夫頼に身を
持なせし者は皆千古の人となり今は此世に
在者は少し前に譬へし草木の生長は
あしけれど同じやうに花咲実のり枯る時節
までは持つべきといへるは愚老が類ひなる
べきか総て血液の不潔なるもの次第よくもれ
去さる時は其余れるもの便よき所に留滞【左ルビ「とヾこほり」】し
積り〳〵て苛烈【左ルビ「からき」】の悪液に変し其極に至りては
楊梅結毒などの多年癒ざる瘡口より流れ