翻刻
時家を譲り四年隠居して死せり《割書:此長意は直に逢し|人にはあらず其家》
《割書:を継し子を宇右衛門といへり此宇右衛門には親しかりし|ゆゑ其平生を聞り其宇右衛門も七十歳斗にて男子出生有し》悦友太夫《割書:隠居|して》
《割書:徳寿斎|といへり》といふ人ありき生得才気もありしが如何なる
不幸にや其身至て貧しく官途【左ルビ「ほうかう」】の間にも思はざる
事出来て家禄をも甚しく減ぜられ夫のみなら
ず其子どもの事によりて隠居して後も罪かう
ふりしことありたり他の目よりもかくては命
続くまじなど憐しほどなりしが八十五歳にて
死せり本橋岡右衛門といへるははか〴〵しき身にも
あらすしかも微禄【左ルビ「しようろく」】の者にて漸々夫婦のみくらし
子といふものもなく楽しきことも見えざりしか
滞りなく六十七年の勤仕を経九十の年士分に加へ
られ九十九歳にてちかき比死せりかくさま〴〵に替り
たる人々も皆長命はなしたり何れも同藩【左ルビ「おなじやしき」】の士にて
朝暮出会其平生は知り尽せり悉く心まめにして
動作を嫌はず事に臨て決断よく成と不成を能
弁へしものどもなり然れは稟受【左ルビ「むまれつき」】さへ強き人ならば
少し飲食は度に過ても動作を能し決断よければ