翻刻
生れし人は朝夕の飲食四時の衣服も其程々に合ふ
ことを得ずまして居宅の陜隘【左ルビ「てせま」】猥雑【左ルビ「むさくしき」】なるは尤憐む
べしそれが中に病(やま)る事あれば行届ざる事のみ
ありて貧く其天年を終(をは)る事を得ざる者多し
然れども軽賤(けいせん)なる者は自然の稟受(ひんじゅ)強実(きやうじつ)にして
常に身体(しんたい)の労動(らうどう)よき故にや少の病なれば其自然の
力にておのづから癒(いゆ)る事もあり是賤しき身に
備りし天幸ともいふべきやかくはあれども人々に生れ
得し強弱と受たる病の浅深あれば尽(こと〴〵)く此(これ)には例し
難し先其第一は医者らしき医者の薬を心のまゝに
服する事なるは殊にまた幼きより何事も聞たる
事も学びたる事もなかれば天より稟得(うけえ)しまゝに
生長し万のことを軽忽にのみ心得命にもかゝるべき
病に臨(のそ)みても等閑(なほさり)事(こと)のやうに思ひそこらあたりの売
薬妙薬を買ひ求め其功能をもよく糾(たヾ)さずみたりに
是を用ひ効(しるし)なければ忽に惑(まど)ひ易く濫(みた)りに彼是を服し
又其間には同情の人々寄集り此病には何を食すれば
治し彼病には何を飲すればよろしと得も知れぬもの