翻刻
衣食はいふに及はす臣僕 妻妾(せいしやう)手足の労を助け参らすに
より自然と身の労動も少(すくな)く心の苦労は露(つゆ)ばかりも
知り給はず万事足り給ふ事故却て種々の病因を
醸(かも)し給ふ事おほし又其老少の差別なく病あらせ
給ふに至りては常に持薬(ちやく)といふものを参らせおき腹
内に薬気 馴(なれ)給ふにより事あるに臨(のぞ)むでも其薬効
賤人よりは薄きやうなり稍(やゝ)重症に至り給ふ時は猶
更にして例の大事〳〵を主張し其薬の転すへき
時節にも転せすいたつらに衆医を集めて
衆説を聞彼をも是をも危(あやふ)み懼(おそ)れ無益の事に
時を移し緩急の度を失ひ給ふこと少からず漸く
其評議定り其治を託し給ふに至りても其医者
衆医の聞(きヽ)を憚(はヾ)り十分に此薬的当と思へども古人
の論説に正しく合ざれば大事大切に惑(まよ)ひ意を決(けつ)
して調進せず況や出所のなき薬は畏縮(いしゆく)して猶以て
進めまゐらせず或は折角 任(まか)せし他医ありても其
薬をも手医師の内評定まち〳〵にて速に参ら
する事おくれ所謂小田原評定のみにて事を尽(つく)