翻刻
【右丁】
みたりに心を労(らう)し身を傷(そこの)ふ事をなす孟子(もうし)も
《振り仮名:人々有貴於己者弗思耳|ひと〳〵おのれにたつときものありおもわざるのみ》といへりこの己(おのれ)にたつ
ときものといふは心の事にて霊妙(れいめう)不思議(ふしぎ)の貴(たつと)き
ものなれども人 多(おゝ)くこれを正(たゞ)しうする事をしらず
もとよりこの心といふものはかげもかたちもなきもの
にてこれを何(なに)の故に心といふ名(な)有りといふに人の
心(しん)の臓(ぞう)は一身の内にて至(いたつ)て大事なる臓故其名に
よそへて心(しん)といふ然れども其心の元有てその元(もと)を
知らざれはこの心を知る事かたく其心の元は天地
陰陽 未発(いまだはつせざる)の以前より固有(こゆう)【左ルビ:もとよりある】のものにて日月の天(てん)に
【左丁】
懸(かゝ)り地の天中に有りて不落(おちざる)も皆是心の元の
徳(とく)にてなす是を天の一元といふ也又 釈氏(しやくし)に三界(さんがい)
唯一心(ゆいいつしん)といふも此天心の霊妙(れいめう)不思議(ふしき)なる徳をさし
て三界(さんがい)ともに唯(たゝ)一心なりといふことなり其一なる理
をいふときは寒き時は人皆 寒(さむ)きと覚(おぼ)へ熱(あつ)き時は
人皆 熱(あつ)きと覚(おぼ)へ喜(よろこ)びを見れば喜(よろこ)び憂(うれい)を見れば
憂(うれ)ひ怒(いかり)を見れば怒(いか)る是唯一心の用(はたら)きたしかなるしる
しにて日月星辰 森羅万像(しんらばんぞう)唯(たゞ)一心にて其本一也
亦其徳の蜜(みつ)なる事をいふときは人倫(じんりん)鳥獣(てうじゆう)魚鼈(ぎよべつ)
草木(そうもく)にいたるまでもらさず養(やしの)ふこれを大海の水に