翻刻
【右丁】
時は正気也傷寒の邪たりといへども天地の正気なり
是を盗賊(とうぞく)にたとへば賊盗といへども家(いへ)に入り物を侵(おか)さ
ざるときは常(つね)の人なれども家に入り物を侵す時は忽盗賊
の名を得(う)るがごとし邪気も人身を侵(おか)す時は邪気となれ
ども天地の間に有りては正敷(たゞしき)気(き)也さるによつて其邪気
を防(ふせが)んとおもはゞ平生の養生(よふぜう)にあれば此養生の道を
守(まも)るときは病も自(おのづか)らすくなかるべし
○薬を用る心得の事
薬を服すれば命(いのち)ものぶる様に心得(こゝろへ)るは大に誤りにて
薬は病を治すばかりの能(のふ)にて命(いのち)を養ふものにあらず
【左丁】
然るに養生と心得て無病の人 常(つね)に薬を用る事は
大なる誤(あやまり)なり薬種は一能(いちのふ)を以(もつ)て一病をこそ治するもの
なれたとへば乱の発(おこ)りたる時夫を禦(ふせぐ)程(ほどの)人数をさしむけ
て其乱をおさむるの理にて病のなき人に薬を用るは
軍もなき処へ兵(つはもの)を遣(や)るがごとく若(もし)薬を用 誤(あやま)るときは
南方に敵(てき)の屯(たむろ)せるに北方へ兵(つはもの)をやるがごとく敵(てき)をふせがぬ
のみならずいたづらに味方を損(そん)ずべし故に病の道理をしら
ずして薬を用る時は実(じつ)を実(じつ)し虚(きよ)を虚するの理あり
て病に病を重(かさ)ぬる事有りこゝに一話あり或養生者有
りて大に風邪(ふうじや)の流行(りうかう)せし時なりしが彼養生者おもふに