翻刻
【右丁】
陰陽を具したりといふ事いかにといふに鹹き味の性(せい)は陽
なれども水の陰に寓(ぐう)【左ルビ:やどる】する故に鹹味を食して温(あたゝ)むる
といふは陽の性にして湿(しめ)るはまた陰の性なりかくいふ
ときは一切の物陰陽の性を具するといへども物を食する
時は気ばかりはたらきをなして形(かたち)は気(き)に付ては往(ゆか)ぬ
ものなれど此鹹味ばかりは形(かたち)も気(き)もともに運(めぐ)り気(き)の通(つう)
ずる処までは達(たつ)する故に一切のもの湯(ゆ)に和(くわ)して用る時
は総身(そうしん)【惣】にゐたらざる処なき也塩味を絶(ぜつ)して腫(は)れ病に治
するも此理にてしまりをとる故に薬のめぐりよきなり
○酒(さけ)の性(せい)《割書:幷ニ》酒の用様(もちひよふ)の事
【左丁】
酒は味 辛(から)く甘(あま)くして性(せい)は熱(ねつ)なるものにて其もとは
米(こめ)を以 醸(かも)し数月(すげつ)を歴(へ)て熟(じゆく)したるもの故に大に天地の
陽気を具(く)し且人身の津液に似て胃中の蕩摩を
からずよくめぐりことに味(あじわひ)辛(から)く性熱なるを以て須臾(しゆゆ)
□遍身にいたらざる処なし但陰陽ともに具したる
内尤陽気の勝(かち)たるもの故に腹中(ふくちう)に入りて陽気ばかり
を第一に提(さゝ)げて人をして醉(よわ)しむ論語(ろんこ)に酒は無量(はかりなし)
不及乱(らんにおよばず)と有りて程を過(すご)さゞるをよしとすよき程に
醉(よふ)ときは心を喜(よろこ)ばしめ鬱(うつ)を散(さん)し醉(よふ)こと度(と)に過る時は
心神乱れて狂人のごとくなる陽気 勝(かち)の性なるもの