伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・上) - 翻刻

藩翰譜(八・上) - ページ 10

ページ: 10

翻刻

【右丁】 よのつねの心ならんにはいかにもして信長の死をふかく かくしかたく盟をむすひてのち其事をこそ披露ある へきそれにかくまつすくに申送る條はなはたもつて不敵 なりしかるに今はしめのこと葉に引かへて秀吉となか たかひしたらんにはなかく両家の仇をむすひ我家終に かかのために亡ひん事遠きに有へからすたゝこの侭に 中なをりして前塗【前途ヵ】後栄も此人と共に期し給ふには しくへからすと又余義なく申されしかは福原越前守廣俊 秀吉の陣にゆき向ひ信長の死をとふらひ和睦事変す へからさる旨輝元を始とし吉川小早川の人々皆起請文を 【左丁】 送られたり秀吉大に悦て此よしみ永くかふる事あらしとこれ も起請文書て給けり此上は逆徒すみやかに誅伐あるへし とて明れは六月六日秀吉備中をたつて都におもむく輝元 頓て秀吉に加勢して叔父藤四郎元綱に桂民部大夫つけ て人質にそ出されけり《割書:秀吉の請によつて鉄炮五百挺弓|百張籏三十流をもつて助し也》程なく明智 ほろひ天下終に秀吉に帰せし事隆景の思ふにたかわす かゝりし後秀吉毛利か事おろそかにおもひ給はすみつから 関白に任し給ひし時輝元に従四位下させ次第に官位 昇進して天正十六年四月十日参議に任し慶長二年 三月十日従三位権中納言に至り一門おほく納言侍従に