翻刻
【右丁】
よのつねの心ならんにはいかにもして信長の死をふかく
かくしかたく盟をむすひてのち其事をこそ披露ある
へきそれにかくまつすくに申送る條はなはたもつて不敵
なりしかるに今はしめのこと葉に引かへて秀吉となか
たかひしたらんにはなかく両家の仇をむすひ我家終に
かかのために亡ひん事遠きに有へからすたゝこの侭に
中なをりして前塗【前途ヵ】後栄も此人と共に期し給ふには
しくへからすと又余義なく申されしかは福原越前守廣俊
秀吉の陣にゆき向ひ信長の死をとふらひ和睦事変す
へからさる旨輝元を始とし吉川小早川の人々皆起請文を
【左丁】
送られたり秀吉大に悦て此よしみ永くかふる事あらしとこれ
も起請文書て給けり此上は逆徒すみやかに誅伐あるへし
とて明れは六月六日秀吉備中をたつて都におもむく輝元
頓て秀吉に加勢して叔父藤四郎元綱に桂民部大夫つけ
て人質にそ出されけり《割書:秀吉の請によつて鉄炮五百挺弓|百張籏三十流をもつて助し也》程なく明智
ほろひ天下終に秀吉に帰せし事隆景の思ふにたかわす
かゝりし後秀吉毛利か事おろそかにおもひ給はすみつから
関白に任し給ひし時輝元に従四位下させ次第に官位
昇進して天正十六年四月十日参議に任し慶長二年
三月十日従三位権中納言に至り一門おほく納言侍従に